その溺愛、予想外につき。
「……本気ですか」
その声は、喜びより先に戸惑いが強かった。
黒崎さんは兄を見る。
「本気だよ。ただし条件は多い。かなり」
真白さんが指を折るように、一つずつ告げていく。
「まず、生活面の徹底管理。見た目、話し方、所作、全部を天宮涼に寄せること」
私はごくりとつばを飲みこむ。
「次に、歌とダンスの集中レッスン。弱音はなし。泣いても止めない」
思わず背筋が伸びた。
「それから、性別のことは極秘。知るのは最低限のスタッフのみ。メンバーにも、必要がない限り言わない」
その一言に、空気が少し変わる。
壁際にもたれて聞いていたるかが、ぱち、と瞬きをした。
さっきまで面白がるような顔をしていたのに、今は少しだけ真面目だ。
「メンバーにも?」
軽い調子のままだけど、声の奥には驚きがあった。
真白さんはきっぱり言う。
「あなたにもよ、るか」
「え、俺にも秘密にしろってこと?」
「口が軽そうだから余計にね」
「ひどい」
ふてくされたように唇を尖らせるるかに、黒崎さんが苦笑する。
でも私は、そのやりとりを聞きながら別のことでいっぱいだった。
メンバーにも秘密。
つまり、これから本当に男の子として入ることになる。
頭ではわかっていたのに、改めて言葉にされると震えそうになる。
「最後に」
真白さんの視線が私に突き刺さる。
「無理だと思ったら、こちらの判断ですぐ終わらせる。その時は文句なし。いい?」
私は一瞬だけ息を止めた。
ここでうなずいたら、もう本当に戻れない気がする。
ただの思いつきでは済まなくなる。
兄の代わりに生きる時間が、現実になる。
怖い。
ものすごく怖い。
でも、ここで首を横に振る自分は想像できなかった。
「……はい」
声は小さかった。
けれど、ちゃんと前を向いて言えた。
「やります」
静かな部屋に、その言葉が落ちる。
涼が苦しそうに眉を寄せた。
私のことを止めたい気持ちと、もう止められない気持ちの間で揺れている顔だった。
黒崎さんはそんな私たちを見てから、ふっと息をつく。
「じゃあ、仮参加で進めよう」
それは静かな声だった。
なのに、その一言で世界が変わった気がした。
私は目を見開く。
耳が熱い。
胸がどくどく鳴って止まらない。
決まった。
本当に、決まってしまった。
「今日の午後から準備に入る」
黒崎さんが手帳を確認しながら言う。
「見た目の調整、衣装合わせ、話し方の確認。それが終わったら、すぐ基礎レッスンだ」
「きょ、今日からですか……?」
思わず聞き返すと、真白さんが即答する。
「当たり前でしょ。時間がないんだから」
「……ですよね」
うう、と小さくなる私を見て、るかがくすっと笑った。
「大丈夫だよ。そんな顔しなくても食べられないし」
その気の抜ける言い方に、少しだけ肩の力が抜ける。
でも次の瞬間、るかは首をかしげて私を見た。
「でも、不思議」
「え……?」
「涼って、もっと近寄りがたい感じだったのに。君、全然違う空気してる」
ひやり、と背中が冷える。
それはまずい。
まだ何も始まっていないのに、すでに違和感を持たれてる。
私は咄嗟に視線を伏せた。
「……すみません」
「なんで謝るの」
るかは笑う。
悪気のない笑い方だった。
けれど、その無邪気さが逆に怖い。
「まあ、面白そうだからいっか」
面白そう。
その言葉に少しだけ引っかかる。
でも今は、それを考える余裕もなかった。
真白さんが手を打つ。
「じゃあ、るかは戻って」
「えー、もう少し見てたい」
「だめ」
「けち」
ぶつぶつ言いながらも、るかは素直に扉へ向かった。
その途中でふいに立ち止まり、私の方を振り返る。
「またあとでね、新しい涼くん」
にこっと笑って手を振られ、心臓が変な跳ね方をした。
またあとで。
その言葉の軽さに反して、妙に耳に残る。
扉が閉まると、レッスン室は少しだけ静かになった。
その沈黙の中で、涼がやっと私のところまで歩いてくる。
すぐ目の前で立ち止まった兄は、何か言いたそうに唇を開いて、閉じた。
その声は、喜びより先に戸惑いが強かった。
黒崎さんは兄を見る。
「本気だよ。ただし条件は多い。かなり」
真白さんが指を折るように、一つずつ告げていく。
「まず、生活面の徹底管理。見た目、話し方、所作、全部を天宮涼に寄せること」
私はごくりとつばを飲みこむ。
「次に、歌とダンスの集中レッスン。弱音はなし。泣いても止めない」
思わず背筋が伸びた。
「それから、性別のことは極秘。知るのは最低限のスタッフのみ。メンバーにも、必要がない限り言わない」
その一言に、空気が少し変わる。
壁際にもたれて聞いていたるかが、ぱち、と瞬きをした。
さっきまで面白がるような顔をしていたのに、今は少しだけ真面目だ。
「メンバーにも?」
軽い調子のままだけど、声の奥には驚きがあった。
真白さんはきっぱり言う。
「あなたにもよ、るか」
「え、俺にも秘密にしろってこと?」
「口が軽そうだから余計にね」
「ひどい」
ふてくされたように唇を尖らせるるかに、黒崎さんが苦笑する。
でも私は、そのやりとりを聞きながら別のことでいっぱいだった。
メンバーにも秘密。
つまり、これから本当に男の子として入ることになる。
頭ではわかっていたのに、改めて言葉にされると震えそうになる。
「最後に」
真白さんの視線が私に突き刺さる。
「無理だと思ったら、こちらの判断ですぐ終わらせる。その時は文句なし。いい?」
私は一瞬だけ息を止めた。
ここでうなずいたら、もう本当に戻れない気がする。
ただの思いつきでは済まなくなる。
兄の代わりに生きる時間が、現実になる。
怖い。
ものすごく怖い。
でも、ここで首を横に振る自分は想像できなかった。
「……はい」
声は小さかった。
けれど、ちゃんと前を向いて言えた。
「やります」
静かな部屋に、その言葉が落ちる。
涼が苦しそうに眉を寄せた。
私のことを止めたい気持ちと、もう止められない気持ちの間で揺れている顔だった。
黒崎さんはそんな私たちを見てから、ふっと息をつく。
「じゃあ、仮参加で進めよう」
それは静かな声だった。
なのに、その一言で世界が変わった気がした。
私は目を見開く。
耳が熱い。
胸がどくどく鳴って止まらない。
決まった。
本当に、決まってしまった。
「今日の午後から準備に入る」
黒崎さんが手帳を確認しながら言う。
「見た目の調整、衣装合わせ、話し方の確認。それが終わったら、すぐ基礎レッスンだ」
「きょ、今日からですか……?」
思わず聞き返すと、真白さんが即答する。
「当たり前でしょ。時間がないんだから」
「……ですよね」
うう、と小さくなる私を見て、るかがくすっと笑った。
「大丈夫だよ。そんな顔しなくても食べられないし」
その気の抜ける言い方に、少しだけ肩の力が抜ける。
でも次の瞬間、るかは首をかしげて私を見た。
「でも、不思議」
「え……?」
「涼って、もっと近寄りがたい感じだったのに。君、全然違う空気してる」
ひやり、と背中が冷える。
それはまずい。
まだ何も始まっていないのに、すでに違和感を持たれてる。
私は咄嗟に視線を伏せた。
「……すみません」
「なんで謝るの」
るかは笑う。
悪気のない笑い方だった。
けれど、その無邪気さが逆に怖い。
「まあ、面白そうだからいっか」
面白そう。
その言葉に少しだけ引っかかる。
でも今は、それを考える余裕もなかった。
真白さんが手を打つ。
「じゃあ、るかは戻って」
「えー、もう少し見てたい」
「だめ」
「けち」
ぶつぶつ言いながらも、るかは素直に扉へ向かった。
その途中でふいに立ち止まり、私の方を振り返る。
「またあとでね、新しい涼くん」
にこっと笑って手を振られ、心臓が変な跳ね方をした。
またあとで。
その言葉の軽さに反して、妙に耳に残る。
扉が閉まると、レッスン室は少しだけ静かになった。
その沈黙の中で、涼がやっと私のところまで歩いてくる。
すぐ目の前で立ち止まった兄は、何か言いたそうに唇を開いて、閉じた。