その溺愛、予想外につき。
「グループ、デビュー直前なんだ。今さら一人抜けるなんて、ありえないよな」

その声はひどく静かだった。
怒っているわけでもなく、泣いているわけでもない。
ただ、諦めようとしている声だった。

それが嫌だった。

兄は、ずっとこの日のために頑張ってきたのに。
誰より楽しそうに、嬉しそうに、夢を追いかけていたのに。
こんなふうに終わるなんて、あまりにもひどい。

「……別の人が入るの?」

私がそう聞くと、涼は首を横に振った。

「簡単には決められないって。もう振り入れも進んでるし、フォーメーションもあるし、今から全然知らない人を入れるのは厳しいって話してた」

「じゃあ、どうなるの?」

「たぶん、しばらく活動の形を見直すと思う」

その言い方はぼんやりしていた。
でも本当は、そんな悠長な話じゃないことくらい、私にもわかる。
デビュー前の大事な時期に足踏みするのは、きっと致命的だ。

兄は俯いたまま、小さく呟いた。

「俺のせいで、全部だめになるかもしれない」

「そんなことない!」

今度は迷わず言えた。
だって、それだけは絶対に違う。

けれど兄は笑うだけだった。
否定も、言い返しもしない。
その静かな顔が、余計につらかった。

私は兄の前まで歩いていって、ぎゅっと拳を握る。

兄は私より二つ年上で、昔からなんでもできる人だった。
勉強も、運動も、歌も。
私が転べば手を引いてくれて、泣けば頭を撫でてくれて、怖い夢を見た夜は隣で眠ってくれた。
優しくて、かっこよくて、自慢の兄。

そんな兄が、こんなふうに俯いてるのなんて見たくなかった。

「……お兄ちゃん」

呼びかけると、涼が顔を上げる。
私は自分でも何を言おうとしているのかわからないまま、でも口を開いた。

「私が、代わりに行く」

一瞬、空気が止まった。

涼の目が、信じられないものを見るみたいに見開かれる。
次の瞬間には、はっきりと眉を寄せた。

「は?」

「だから、私が行くの。お兄ちゃんの代わりに」

「何言ってるんだよ」

呆れた声だった。
でも私は引かなかった。

「だって、お兄ちゃんに似てるってよく言われるし、髪だって隠せば――」

「ふわり」

ぴしゃり、と初めて強い声で名前を呼ばれて、思わず息をのむ。
< 4 / 44 >

この作品をシェア

pagetop