その溺愛、予想外につき。
涼は立ち上がった。
いつも優しい兄の、珍しく厳しい顔だった。
「そんなのでどうにかなる世界じゃない」
「でも――」
「でもじゃない。歌もダンスも中途半端な素人が、いきなり入れるわけないだろ」
言われて、胸がちくっと痛む。
それでも私は唇を噛んで顔を上げた。
たしかにその通りだった。
私は兄みたいに本格的なレッスンを受けてきたわけじゃない。
ダンスだって得意じゃないし、歌だって人前で歌えるほどじゃない。
アイドルなんて、遠い遠い世界だ。
それでも。
「それでも、何もしないよりましだよ」
震えそうになる声を、必死で支える。
兄の目が揺れた。
「お兄ちゃんの夢なんでしょ」
その言葉を言った瞬間、鼻の奥がつんとした。
「やっとつかんだチャンスなんでしょ。ここで終わるなんて、やだよ」
兄が何も言えなくなる。
私はそのまま続けた。
「私、完璧にはできないかもしれない。でも、時間を稼ぐくらいならできるかもしれない。お兄ちゃんが戻れるまでの間だけでも――」
「無理だ」
かすれた声で、涼が遮る。
「バレたらどうするんだよ」
「バレないように頑張る」
「頑張るで済む話じゃないだろ!」
その声に、私はびくっと肩を震わせた。
兄がこんなふうに声を荒げるのは珍しかった。
けれど次の瞬間、涼ははっとした顔になって、苦しそうに眉を寄せた。
「……ごめん」
謝られてしまって、余計に苦しくなる。
違う。
謝ってほしいわけじゃない。
私はただ、兄にそんな顔をしてほしくなかっただけだ。
涼は額に手を当てて、しばらく黙っていた。
その横顔は、さっきよりずっと追いつめられて見えた。
たぶん兄だって、わかっている。
もう時間がないことを。
このままじゃ全部が崩れてしまうかもしれないことを。
だからこそ、余計につらいのだ。
私は小さく息を吸った。
「ねえ、お兄ちゃん」
「……」
「私、本気だよ」
返事はない。
でも私は続ける。
「お兄ちゃんの代わりなんて、本当はできない。そんなの私がいちばんわかってる」
兄の方が歌もうまいし、ダンスだってできる。
努力も才能も、私とは全然違う。
「でも、お兄ちゃんが大事にしてきたものを、何もしないで失くすのはいや」
いつも優しい兄の、珍しく厳しい顔だった。
「そんなのでどうにかなる世界じゃない」
「でも――」
「でもじゃない。歌もダンスも中途半端な素人が、いきなり入れるわけないだろ」
言われて、胸がちくっと痛む。
それでも私は唇を噛んで顔を上げた。
たしかにその通りだった。
私は兄みたいに本格的なレッスンを受けてきたわけじゃない。
ダンスだって得意じゃないし、歌だって人前で歌えるほどじゃない。
アイドルなんて、遠い遠い世界だ。
それでも。
「それでも、何もしないよりましだよ」
震えそうになる声を、必死で支える。
兄の目が揺れた。
「お兄ちゃんの夢なんでしょ」
その言葉を言った瞬間、鼻の奥がつんとした。
「やっとつかんだチャンスなんでしょ。ここで終わるなんて、やだよ」
兄が何も言えなくなる。
私はそのまま続けた。
「私、完璧にはできないかもしれない。でも、時間を稼ぐくらいならできるかもしれない。お兄ちゃんが戻れるまでの間だけでも――」
「無理だ」
かすれた声で、涼が遮る。
「バレたらどうするんだよ」
「バレないように頑張る」
「頑張るで済む話じゃないだろ!」
その声に、私はびくっと肩を震わせた。
兄がこんなふうに声を荒げるのは珍しかった。
けれど次の瞬間、涼ははっとした顔になって、苦しそうに眉を寄せた。
「……ごめん」
謝られてしまって、余計に苦しくなる。
違う。
謝ってほしいわけじゃない。
私はただ、兄にそんな顔をしてほしくなかっただけだ。
涼は額に手を当てて、しばらく黙っていた。
その横顔は、さっきよりずっと追いつめられて見えた。
たぶん兄だって、わかっている。
もう時間がないことを。
このままじゃ全部が崩れてしまうかもしれないことを。
だからこそ、余計につらいのだ。
私は小さく息を吸った。
「ねえ、お兄ちゃん」
「……」
「私、本気だよ」
返事はない。
でも私は続ける。
「お兄ちゃんの代わりなんて、本当はできない。そんなの私がいちばんわかってる」
兄の方が歌もうまいし、ダンスだってできる。
努力も才能も、私とは全然違う。
「でも、お兄ちゃんが大事にしてきたものを、何もしないで失くすのはいや」