その溺愛、予想外につき。
「あと少し」
「今の、ちゃんとできてた」
「無理なら一回深呼吸して」

誰にも聞こえないくらいの声だった。

それが、いちばん心に残った。

レッスンが始まってから一時間。
私はついに、最初から最後まで振りを通せた。

完璧ではない。
何度か遅れたし、動きもぎこちない。

でも、最後まで止まらなかった。

音楽が終わる。

荒い息を整えながら、私は鏡を見る。
そこには、汗で前髪が少し乱れた私と、同じように息を弾ませる五人が映っていた。

「……できた」

小さく呟くと、るかが隣で笑う。

「できたね」

その声があまりに自然で、まるで最初から仲間だったみたいに聞こえた。

あさひも、少しだけ顔をそらしながら言う。

「まあ、初日にしては悪くない」

「それ、褒めてる?」

「褒めてる」

意外な返事に、私は目を瞬く。

あさひは照れ隠しみたいに、タオルを首にかけ直した。

「でも、まだまだだから。明日からもっと厳しくする」

「明日も……?」

思わず声が裏返る。

あさひは楽しそうに笑った。

「逃げるの?」

その言葉に、胸の奥が熱くなる。

逃げたい気持ちは、何度もあった。
でも、ここで逃げたら兄の代わりにはなれない。

私はゆっくり顔を上げた。

「逃げない」

できるだけ低く、短く言う。

あさひは満足そうに頷いた。

「その顔、覚えとく」

るかが私の横で、ふっと笑った。

「ね? ちゃんと涼っぽくなってきたでしょ」

その言葉に、胸が少しだけ苦しくなる。

涼っぽくなる。
それは嬉しい。
でも同時に、私は私ではなくなっていく。

そんな複雑な気持ちに気づいたのか、るかが少しだけ顔を覗き込んだ。

「……どうしたの?」

「何でもない」

「またそれ」

るかは笑いながらも、目をそらさなかった。

「無理してる時の顔、少しわかってきたかも」

どきりとする。

「わかってない」

「じゃあ、今度から確認するね」

「しなくていい」

「やだ」

るかは、楽しそうに笑った。

その笑顔を見ていると、疲れているはずなのに、少しだけ心が軽くなる。
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