その溺愛、予想外につき。
だからこそ、今の私が兄とは違うことにも気づいてしまう。

「でも今の涼は、無理してるのに無理してないふりをする」

るかの声が、少しだけやわらかくなった。

「なんで?」

「……知らない」

「またそれ」

るかは小さく笑った。

でも、すぐに真剣な声に戻る。

「俺には言っていいよ」

その言葉が、まっすぐ胸に刺さった。

「何を?」

「痛いとか、怖いとか、無理とか」

私は思わず足を止めそうになる。

るかはそんな私を支えるように、さらに腕に力を込めた。

「別に、俺の前でまで強がらなくていいから」

胸の奥が、じわりと熱くなる。

どうして。
どうしてそんなことを言えるの。

私はただの代役なのに。
本当の涼じゃないのに。

「……るかは、やさしいね」

ぽつりとこぼすと、るかは少しだけ笑った。

「今さら?」

「自分で言うんだ」

「だって、やさしいから」

思わず、少しだけ笑ってしまう。

その瞬間、るかの足が止まった。

「……今、笑った」

「笑ってない」

「笑ったよ」

「気のせい」

「またそれ」

るかは楽しそうに言いながら、私の顔を覗き込んだ。

近い。
また近い。

目が合った瞬間、るかの表情がふっとやわらいだ。

「そっちの方がいい」

「何が」

「無理してる顔より、笑ってる方が」

その言葉に、胸が大きく鳴る。

「……涼は、そんなに笑わない?」

「え?」

「君……いや、涼はさ。もっと笑ってもいいと思う」

一瞬、呼び間違えられた気がした。

でも、るかは何事もなかったように続ける。

「笑った方が、似合うから」

その言葉は、衣装が似合うと言われた時よりもずっと強く、私の心に残った。

私は視線を落とす。

もし、ふわりの姿でここにいたなら。
もし、本当の私としてるかと出会っていたなら。

そんな考えが、頭の中に浮かんでしまう。

「……るか」

「ん?」

「もし」

言いかけて、やめる。

もし私が、涼じゃなかったら。
もし私が、男の子じゃなかったら。
もし本当の私を知ったら。

るかは、どうする?

でも、聞けない。

秘密を知られるのが怖い。
嫌われるのが怖い。
それ以上に、今のやさしさが全部消えてしまうのが怖かった。

「どうしたの?」

るかが不思議そうに顔を覗き込む。

私は小さく首を振る。

「……何でもない」

るかはしばらく私を見つめていた。
けれど、今度は追及しなかった。

「そっか」

そう言って、またゆっくり歩き始める。

その背中に体を預けながら、私はぎゅっと目を閉じた。

言えない。
まだ、言えない。

でも、るかの背中はあたたかくて、痛む足よりもずっと強く、私の心を揺らしていた。

休憩室に着くと、るかは私を椅子に座らせた。

「ここで待ってて。冷やすもの持ってくる」

「ひとりで行ける」

「だめ」

「でも」

「だめって言ったら、だめ」

るかは私の目の前にしゃがみ込んだ。

「俺が戻るまで、絶対に動かないで」

「……命令?」

「お願い」

その言い方はずるかった。

私はしばらく黙ってから、小さく頷く。

「わかった」

るかは安心したように笑った。

「いい子」

その言葉に、胸が跳ねる。

「子ども扱いしないで」

「じゃあ、涼くん扱い」

「どういう扱い」

「大事にする扱い」

冗談みたいに言ったのに、その目は冗談ではなかった。

るかはそれ以上何も言わず、休憩室を出ていく。

ひとりになった私は、熱くなった顔を両手で覆った。

大事にする。
そんな言葉、簡単に言わないでほしい。

私は、あなたが思っている涼じゃない。

それでも。

るかに大事にされるのが、嬉しいと思ってしまった。
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