放課後、怪異調査クラブ
図書室に残された記録
翌日の昼休み。
朝倉湊は、給食を食べ終えると、いつもより早く教室を出た。
向かう先は図書室だ。
昨夜、ひよりから送られてきた写真が、頭から離れなかった。
『最初の場所に、まだ一つ残っている』
七つの怪異を調べ始めた場所。
それは、学校の図書室だった。
あの古い調査記録を見つけたのも、七つの怪異について初めて知ったのも、すべて図書室から始まったのだ。
「湊、待って!」
廊下の向こうから、ひよりが駆け寄ってきた。
「ごめん、遅くなっちゃった」
「大丈夫。蓮は?」
「先に図書室に行ってるよ。昨日の写真のこと、気になって仕方ないみたい」
「まあ、蓮らしいな」
二人は顔を見合わせて笑った。
図書室に入ると、窓際の机に蓮が座っていた。
机の上には、古い学校新聞や記念行事の資料が何冊も積み上げられている。
「おっ、やっと来たか!」
「何、その量……全部調べるつもり?」
湊が目を丸くすると、蓮は得意げに胸を張った。
「もちろん! ……って言いたいところだけど、どこから調べればいいのか分からなくなった」
「先に考えてから集めなさいよ」
ひよりはため息をつきながら、資料の山を整理し始めた。
「まずは、十年前の七十周年記念行事。その前後の新聞や記録を調べよう。第八の怪異が本当に存在しなかったのか、確かめたいから」
三人はそれぞれ資料を手に取り、ページをめくり始めた。
図書室には、紙の擦れる音と、時計の針が進む音だけが響いていた。
*
最初に見つかったのは、七十周年記念行事の準備について書かれた学校新聞だった。
七つの怪異を利用した校内探検企画。
児童たちが校内を巡り、各所に隠された手がかりを見つけるという内容だ。
「これ、前にも見た記事だね」
ひよりが言った。
「うん。でも、今回はその前後の記事も確認してみよう」
湊は新聞を一枚ずつめくった。
記念行事の準備。
当日の様子。
参加した児童たちの感想。
どの記事にも、七つの怪異についての説明が書かれていた。
しかし、その中に一つだけ、気になる記事があった。
記念行事の終了から三日後。
小さな記事の見出しには、こう記されていた。
『校内探検企画、追加調査のお知らせ』
「追加調査?」
湊は記事を読み上げた。
「記念行事終了後、校内に残された一部の記録について、引き続き確認を行うことになりました。関係者は、旧準備室に保管された資料を確認してください……」
「待って。これって、七つの怪異が終わったあとに書かれた記事だよね?」
ひよりが新聞の日付を確かめた。
「そうだな。行事が終わってから三日後だ」
蓮は腕を組んだ。
「でも、七つの怪異は全部解決したんじゃなかったっけ?」
「そう。だからこそ、この追加調査が気になるの」
ひよりは記事の下に目を向けた。
そこには、担当者の名前が記されているはずだった。
ところが、名前の部分だけが不自然に切り取られていた。
紙が破れたというより、誰かが意図的に切り取ったように見える。
「また名前がない……」
湊は、昨日見つけたノートを思い出した。
十年前の記録に残された、名前の消えた人物。
そして、今回の新聞記事。
偶然にしては、似すぎていた。
「この担当者が、第八の怪異と関係しているのかな」
湊がつぶやくと、ひよりはすぐには答えなかった。
「まだ分からない。名前が消えているからって、同じ人物とは限らないもの」
「そうだな。まずは、ほかの資料も調べよう」
蓮は新聞を丁寧に閉じた。
三人は、さらに古い資料を探し始めた。
*
しばらくして、ひよりが棚の奥から一冊のファイルを取り出した。
「これ、見て」
ファイルの表紙には、手書きでこう書かれていた。
『七十周年記念行事・参加者名簿』
中には、企画に関わった児童たちの名前や、当日の役割が記されていた。
湊たちは、ページを慎重にめくっていった。
音楽室の担当。
理科室の担当。
図書室の担当。
旧校舎の案内係。
七つの怪異に関係する役割が、それぞれの児童に割り振られている。
「これを見る限り、企画にはかなり大勢の子が関わっていたみたいだな」
蓮が感心したように言った。
「うん。でも……」
ひよりは、あるページを指さした。
「このページ、番号が飛んでる」
名簿には、参加者番号が順番に記されていた。
十二番の次が、十四番になっている。
十三番だけが、どこにも見当たらない。
「記入漏れかな?」
「それなら、番号を詰めればいいはずでしょ。でも、最初から十三番が存在していたみたいに、番号だけが残っている」
ひよりは、名簿の端をそっと持ち上げた。
ページの綴じ目には、紙を一枚抜き取ったような跡があった。
「ここに、もう一枚あったんだと思う」
湊は、その跡をじっと見つめた。
参加者番号十三番。
切り取られた担当者の名前。
そして、第八の怪異。
別々に見えていた謎が、少しずつつながり始めている。
「もしかして、十三番の人が第八の怪異を作ったんじゃないか?」
蓮が声をひそめた。
「可能性はあるけど、まだ決めつけないでおこう」
ひよりはそう言いながら、名簿の最後のページをめくった。
そこには、記念行事の担当者が残した短いメモがあった。
『企画終了後、最後の記録を旧準備室に保管すること。ただし、十三番の記録については、本人の希望により別に保管する』
三人は顔を見合わせた。
「別に保管……?」
湊がつぶやく。
メモの下には、鉛筆で小さく書き足された文字があった。
『保管場所は、最初の場所の近く』
「最初の場所って……図書室?」
蓮が周囲を見回した。
「でも、図書室にはもう調査記録があったよね」
「近く、って書いてある。図書室そのものとは限らないよ」
ひよりは、ファイルを閉じた。
「学校の古い図面を調べよう。図書室の近くに、今は使われていない場所があるかもしれない」
*
放課後。
三人は白石先生に事情を説明し、学校の古い図面を見せてもらえないか頼んだ。
先生は、少し考えてから職員室の棚を開けた。
「図書室の近くにある場所なら、昔の資料保管庫があったはずだよ。今は使っていないけれどね」
先生が取り出したのは、改築前の校舎の平面図だった。
現在の校舎とは、部屋の配置が少し違っている。
図書室の隣には、小さな部屋が描かれていた。
部屋の名前は、薄くなっていて読みにくい。
しかし、よく見ると、その横に小さな文字が残っていた。
『旧記録庫』
「ここだ……!」
湊は図面を指さした。
「図書室の近くで、今は使われていない場所。名簿のメモと一致する」
「でも、どうやって入るの?」
ひよりが尋ねた。
白石先生は図面を確かめ、廊下の端にある小さな扉を指した。
「ここから入れたはずだよ。ただ、今は物置として使われている。中を調べるなら、私も一緒に行こう」
三人は先生とともに、図書室の奥へ向かった。
棚の陰に隠れるようにして、小さな扉があった。
扉には、古びた札が掛かっている。
『関係者以外立入禁止』
白石先生が鍵を開けると、扉の向こうから、乾いた紙と木の匂いが流れてきた。
部屋の中には、古い段ボール箱や、使われなくなった掲示板が積まれていた。
湊たちは先生の許可を得て、箱の表書きを確認していった。
卒業文集。
学校新聞。
古い行事の記録。
その一番奥に、一つだけ、何も書かれていない箱があった。
「これ、何も書いてないね」
蓮が箱を持ち上げようとした。
「待って。先生、開けてもいいですか?」
ひよりが確認すると、先生はうなずいた。
「構わないよ。中のものを傷つけないようにね」
蓮がふたを開ける。
中には、薄い封筒が一つだけ入っていた。
封筒の表には、鉛筆でこう書かれていた。
『十三番へ』
湊は、思わず息をのんだ。
封筒を開くと、古い写真が一枚出てきた。
七十周年記念行事の日に撮影された集合写真だった。
写っているのは、当時の児童たち。
その中に、一人だけ、顔の部分に小さな紙が貼られた子がいた。
写真の裏には、短い文章が残されていた。
『七つの怪異は、みんなで作った。でも、最後の記録だけは、私が預かった。
もし、いつか誰かがここまでたどり着いたら、伝えてほしい。
第八の怪異は、最初から存在していたわけではない。
誰かが、あとから作り出したものだ』
「あとから……?」
湊は写真を見つめた。
七つの怪異は、十年前の子どもたちが作った企画だった。
では、第八の怪異は誰が作ったのか。
そして、なぜ十三番の人物は、その記録を隠したのだろう。
ひよりは、写真の裏側をもう一度確かめた。
「ねえ、ここ。まだ何か書いてある」
文章の下に、消えかけた文字があった。
『八番目を作ったのは、七つの謎を解いた者ではない。
七つの謎が解かれるのを、ずっと待っていた者だ』
部屋の中が、しんと静まり返った。
蓮が、ゆっくりと口を開く。
「……つまり、第八の怪異を作った人は、十年前からずっと待っていたってこと?」
「そうとは限らないよ」
ひよりは慎重に答えた。
「十年前の記録に、そういう意味で書かれているだけかもしれない。今の私たちが調べている第八の怪異と、本当に同じものなのかも分からない」
湊は写真の中の、顔を隠された子どもを見つめた。
その子は、誰なのだろう。
なぜ、名前も顔も隠されているのだろう。
そして、どうして今になって、湊たちの前に第八の怪異が現れたのだろう。
答えはまだ見つからない。
けれど、確かなことが一つだけあった。
第八の怪異は、七つの怪異を解決したあとに、突然生まれた謎ではない。
もっと前から、誰かがその存在を知っていたのだ。
湊は、写真を傷つけないように封筒へ戻した。
「先生。この写真と封筒、少しの間だけ調べてもいいですか?」
「もちろん。ただし、資料を持ち出すときは必ず私に伝えること。大切な学校の記録だからね」
「はい」
白石先生は、三人を見つめた。
「一つ、覚えておいてほしい。古い記録に書かれたことが、すべて正しいとは限らない。書いた人が何を知っていて、何を知らなかったのか。それも考えながら調べるんだ」
湊はうなずいた。
七つの怪異を解いたときと同じように、目の前の情報だけで答えを決めつけてはいけない。
次に調べるべきなのは、写真の中の十三番。
そして、第八の怪異を作った人物だった。
*
帰宅後、湊は調査クラブのノートを開いた。
今日分かったことを、順番に書き込んでいく。
一つ。七十周年記念行事の参加者名簿には、十三番が欠けている。
二つ。十三番の記録は、図書室の近くにあった旧記録庫に隠されていた。
三つ。写真の中の一人は、顔が隠されている。
四つ。第八の怪異は、七つの怪異とは別に、あとから作られた可能性がある。
湊はペンを止めた。
その下に、もう一つ書き加える。
『次の調査対象――十三番の正体』
書き終えたところで、スマートフォンが震えた。
ひよりからだった。
『写真を拡大して確認したんだけど、気になることがあるの』
続けて、写真が送られてくる。
集合写真の一部を拡大したものだった。
顔を隠された子どもの手元。
その指先には、小さな三角形の印が描かれていた。
さらに、その隣に立つ子どもの制服には、見覚えのある校章が付いていた。
現在の校章とは少し違う。
しかし、その形は、湊たちが第八の怪異のノートで見た印とよく似ていた。
湊は、写真を何度も見直した。
そして、ようやく気づいた。
顔を隠された子どものすぐ後ろに立っている人物。
その人物の胸元に、名札が見えていた。
写真が古く、文字はぼやけている。
それでも、最後の二文字だけは、はっきり読めた。
『先生』
湊は画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。
十年前の写真に写っていたのは、当時の児童たちだけではなかったのか。
そして、顔を隠された十三番の人物は、今も学校に関係しているのだろうか。
湊は、ひよりに短く返信した。
『明日、もう一度写真を調べよう。先生にも、十年前のことを聞いてみたい』
送信したあと、湊はノートを閉じた。
第八の怪異。
十三番。
顔を隠された子ども。
そして、十年前の写真に写る「先生」。
謎は、少しずつ深まっていく。
けれど、湊はまだ知らなかった。
明日、三人が学校で見つけるものが、第八の怪異の正体だけでなく、白石先生が十年前に経験した出来事にもつながっていることを。