放課後、怪異調査クラブ

旧校舎に置かれた一つの机



 翌朝、朝倉湊はいつもより早く学校に着いた。

 教室には、まだ数人の生徒しかいない。

 湊は席にかばんを置くと、すぐにスマートフォンを取り出した。昨夜、ひよりから送られてきた写真を、もう一度確認するためだった。

 十年前の集合写真。

 顔を隠された子ども。

 そして、そのすぐ後ろに写っていた、一人の人物。

 胸元の名札には、かすれた文字で「先生」と読める部分があった。

「……本当に、先生なのかな」

 湊は小さくつぶやいた。

 写真が古いため、名札の文字ははっきりしない。そもそも、学校の行事で先生が児童たちと写真を撮ることは珍しくない。

 それだけで、白石先生が第八の怪異に関係していると決めつけることはできなかった。

 それでも、気になってしまう。

「おはよう、湊」

 声をかけられて振り向くと、ひよりが立っていた。

「早いね。もしかして、昨日の写真のことを考えてた?」

「うん。白石先生に聞いてみたいけど、いきなり疑うようなことは言いたくないんだ」

「それなら、まずは写真をもう少し調べよう。分かっていることと、まだ分からないことを整理してからでも遅くないよ」

 ひよりはそう言って、ノートを取り出した。

 そこへ、蓮もやってきた。

「おはよう! 昨日の写真、俺も見直したんだけどさ」

「何か分かったの?」

「うーん……顔が隠れてる人の靴、ほかの子と違うんだよ」

 蓮は、写真を拡大した画面を二人に見せた。

 ほかの児童たちは、当時の学校指定の上履きを履いている。しかし、顔を隠された子どもだけは、少し形の違う靴を履いていた。

「これ、先生が履く室内履きに似てないか?」

「確かに……」

 湊は写真を見つめた。

 ただし、靴の形が似ているだけでは、何も断定できない。

「この人、児童じゃなくて先生だったのかな?」

 蓮が首をかしげる。

「それも可能性の一つだね。でも、名簿では十三番が欠けていた。先生だったら、どうして児童の参加者番号が必要だったんだろう?」

 ひよりの問いに、二人は黙り込んだ。

 そのとき、始業を知らせるチャイムが鳴った。

「続きは放課後だね」

 ひよりはノートを閉じた。

 湊も写真を保存すると、授業の準備を始めた。

 今日、確かめることは二つ。

 十年前の写真に写っていた人物の正体。

 そして、旧校舎に置かれたままの机の謎だった。

     *

 放課後。

 三人は、白石先生に旧校舎を調べたいと相談した。

「旧校舎の机?」

 先生は、少し考えるように目を細めた。

「昨日、蓮くんが見つけたという机のことだね」

「はい。前からあそこにあったのか、確かめたいんです」

 湊が答えると、先生はうなずいた。

「分かった。ただし、旧校舎には傷んでいる場所もあるから、私も一緒に行こう」

 三人は先生とともに、旧校舎へ向かった。

 普段使われている校舎から少し離れた場所にある建物は、昼間でもどこか薄暗い。窓枠の塗装は剥がれ、廊下の床には古い傷が残っている。

 けれど、よく見ると、壁には昔の掲示物が貼られた跡があり、教室の扉には、かつて使われていたクラス名の札が残っていた。

「ここ、昔は普通の教室だったんだよね?」

 ひよりが尋ねる。

「そうだよ。校舎を増築したときに使われなくなったんだ」

 白石先生が答えた。

 湊たちは、昨日机を見つけた教室の前で立ち止まった。

 扉を開けると、古い机が一つ、窓際に置かれていた。

 机の周囲には、ほかに何もない。

 黒板も、椅子も、掲示物もない。

 まるで、その机だけが、わざわざ残されたかのようだった。

「やっぱり、あるな……」

 蓮がつぶやいた。

 湊は机に近づいた。

 天板には、いくつもの小さな傷がついている。引き出しには、古い紙切れが一枚だけ入っていた。

「先生、これを見てもいいですか?」

「構わないよ。ただ、机は動かさないでね」

 湊は紙切れを取り出した。

 そこには、鉛筆で短い言葉が書かれていた。

『席に座る者は、窓の外を見てはいけない』

「……何これ?」

 蓮が眉をひそめた。

「また、怪談みたいな文章だね」

 ひよりは紙を裏返した。

 裏面には、何も書かれていない。

「窓の外を見てはいけない、か……」

 湊は窓に目を向けた。

 そこから見えるのは、校庭の隅と、旧準備室のある建物だった。

 特に変わったものは見当たらない。

 しかし、窓枠の下には、細い傷がいくつも並んでいた。

「これ、何だろう?」

 湊が指さす。

 傷は、窓枠の端から端まで続いている。よく見ると、一定の間隔で小さな印がついていた。

 ひよりがノートを取り出した。

「記録しておこう。何かの目盛りみたいにも見えるね」

 蓮は、机の横から窓枠をのぞき込んだ。

「待って。これ、窓の高さじゃなくて、机の高さに合わせてあるんじゃないか?」

 三人は机と窓枠の位置を確かめた。

 机の天板は、窓枠の下端より少し低い。

 その高さに合わせるように、窓枠には細い線が引かれていた。

「座ったときの目線に合わせた印なのかな?」

 湊が言った。

「だったら、窓の外を見るなっていう紙と関係があるのかも」

 ひよりは、机の上に紙切れを置いた。

 しかし、窓の外を見ても、何も起きない。

 校庭には誰もおらず、旧準備室の窓も閉まっている。

「何もないじゃん」

 蓮が肩をすくめた。

「いや、まだ分からないよ」

 湊は、窓枠の印をもう一度見つめた。

 印の一つに、小さな三角形が描かれていた。

 その形は、これまで何度も見てきた、あの記号によく似ていた。

「ひより、これ……」

「うん。三角の印だね」

 ひよりの表情が変わった。

 七つの怪異を調べる中で、三角形は道しるべを意味していた。

 ということは、この机も第八の怪異につながっているのだろうか。

 湊は窓の外をもう一度見た。

 校庭の隅にある旧準備室。

 その建物の壁には、夕日の光が斜めに差し込んでいた。

 その光の先に、何かが反射している。

 小さな、銀色の光だった。

     *

「先生、あそこに何かあります」

 湊が指さすと、白石先生も窓の外を確認した。

「旧準備室の壁かな……。金属の板か何かが残っているのかもしれないね」

「見に行ってもいいですか?」

「もちろん。私も一緒に行こう」

 三人は旧校舎を出て、旧準備室へ向かった。

 建物の裏手に回ると、壁の下のほうに、小さな金属板が取り付けられていた。

 表面には、薄くなった文字が刻まれている。

『第八地点』

 湊は思わず足を止めた。

「……第八地点?」

 ひよりが、金属板の周囲を確かめる。

 板の下には、小さな四角形の印があった。

 そして、その横には、細い矢印が刻まれている。

 矢印は、旧準備室の壁ではなく、建物の裏手へ向かっていた。

「こっちに何かあるってことか?」

 蓮が言った。

 白石先生は、すぐに答えなかった。

 しばらく金属板を見つめたあと、静かに口を開いた。

「……私は、この板のことを知らなかった」

 湊は先生を見上げた。

「先生も知らないんですか?」

「ああ。少なくとも、十年前の記念行事の記録には、こんな場所はなかったはずだ」

 先生の声には、戸惑いが混じっていた。

 七つの怪異は、十年前の子どもたちが作ったものだった。

 けれど、この金属板は、それとは別に設置された可能性がある。

 湊は、矢印の先を見つめた。

 建物の裏手には、雑草が伸びた細い通路が続いている。

 その奥には、使われなくなった物置があった。

 昨日、古い記録を探していたときには、気にも留めなかった場所だ。

「……第八の怪異は、七つの怪異とは別に作られたものなんだ」

 湊がつぶやいた。

 ひよりは、金属板の写真を撮った。

「でも、誰が作ったのかは、まだ分からないね」

「そうだな。まずは、物置について調べよう」

 蓮が言った。

 しかし、白石先生は首を横に振った。

「今日はここまでにしよう。古い建物の裏手は足元が悪い。調べるなら、明るい時間に、必要な許可を取ってからだ」

 三人は顔を見合わせた。

 確かに、もう夕方になっていた。

 無理に先へ進む必要はない。

「分かりました。明日、また調べに来ます」

 湊が答えると、先生はうなずいた。

「それがいい」

     *

 帰り道。

 湊は、今日撮影した写真を見返していた。

 旧校舎の机。

 窓枠の三角形。

 そして、旧準備室の壁に取り付けられた『第八地点』の金属板。

 七つの怪異の記録には、こんな場所は出てこなかった。

 では、誰が何のために設置したのだろう。

「ねえ、湊」

 ひよりが声をかけた。

「さっきの机、少し気になったことがあるの」

「何?」

「机の引き出しに入っていた紙。あれ、古い紙じゃなかったよね」

 湊は足を止めた。

「……そういえば」

「紙自体は古く見えたけど、文字の筆跡は最近のものに見えた。十年前の記録とは違う気がする」

 蓮も、はっとしたように顔を上げた。

「じゃあ、誰かが最近あの机に紙を入れたってことか?」

「可能性はあるよ。机がいつから置かれているのかも、まだ分からないしね」

 湊は、写真をもう一度確認した。

 机の上には、白い紙が置かれていた。

 その紙に書かれていた文字。

『八番目は、まだ始まっていない』

 そして、引き出しの中にあった紙。

『席に座る者は、窓の外を見てはいけない』

 どちらも、第八の怪異に関係しているように見える。

 けれど、その意味はまだ分からない。

「明日、最初に調べるのは机だな」

 湊が言うと、ひよりと蓮はうなずいた。

 三人は、明日の調査に向けて、それぞれ考えを巡らせながら帰路についた。

     *

 その夜。

 湊は机の上に写真を並べ、今日の出来事を整理していた。

 旧校舎の机。

 窓枠に残された三角形。

 旧準備室の壁にある第八地点の印。

 そして、引き出しの中の紙。

 湊は、最後の紙を思い出しながら、ノートに書き込んだ。

『第八の怪異は、誰かが意図的に作り出している可能性がある』

 その下に、もう一つ。

『目的は、私たちを旧準備室の裏手へ導くこと?』

 書き終えたとき、スマートフォンに通知が届いた。

 蓮からだった。

『今日の写真、もう一回拡大してみた』

 続けて送られてきたのは、旧準備室の金属板の写真だった。

 蓮は、板の右端を拡大していた。

 そこには、肉眼では気づかなかった小さな文字が刻まれていた。

『第八地点・記録係』

 湊は画面を見つめた。

 記録係。

 十年前の写真に写っていた、顔を隠された人物。

 参加者名簿から消えた十三番。

 そして、第八の怪異を作った人物。

 もしかすると、それらはすべて、同じ人物につながっているのかもしれない。

 湊は、ひよりと蓮にメッセージを送った。

『明日、十三番の記録と第八地点をもう一度調べよう。今度は、記録係についても確認したい』

 送信を終えると、湊は窓の外を見た。

 遠くに見える学校の校舎は、夜の闇に沈んでいる。

 そこに何が残されているのか、まだ分からない。

 けれど、湊はもう一つのことに気づいていた。

 第八の怪異は、ただ怖がらせるためのものではない。

 誰かが、何かを伝えようとしている。

 そして、その答えは、旧準備室の裏手にある物置の中に眠っているのかもしれなかった。

< 13 / 20 >

この作品をシェア

pagetop