放課後、怪異調査クラブ

名前を消された記録係



 翌日の放課後。

 朝倉湊、水瀬ひより、黒田蓮の三人は、白石先生とともに旧準備室の裏手へ向かっていた。

 昨日見つけた金属板には、『第八地点・記録係』と刻まれていた。

 七つの怪異を調べてきた三人にとって、それは見過ごせない手がかりだった。

「記録係って、何を記録していたんだろうな」

 蓮が歩きながら言った。

「七つの怪異の仕組みとか、企画の進み具合じゃないかな」

 ひよりが答える。

「でも、十年前の名簿には十三番の記録がなかった。記録係が十三番だったとしたら、どうして名前まで消されているんだろう」

 湊は、昨日撮影した写真を思い出していた。

 集合写真の中で、顔を隠された子ども。

 その人物の手元に描かれた三角形。

 そして、旧準備室の壁に刻まれた「記録係」という文字。

 どれも偶然とは思えなかった。

「まずは、物置を調べてみよう。何か残っているかもしれない」

 湊が言うと、白石先生はうなずいた。

「中は古い道具が置かれているから、足元には気をつけるんだよ」

 物置の扉は、建物の裏側にひっそりと取り付けられていた。

 先生が鍵を開けると、かすかな金属音とともに扉が動いた。

 中には、使われなくなった机や椅子、古い掲示板、段ボール箱が積まれていた。

 窓は小さく、室内は少し薄暗い。

「うわ……。ここ、宝探しにはぴったりだけど、片づけは大変そうだな」

 蓮が周囲を見回した。

「宝探しじゃないでしょ。調査だよ」

 ひよりがすぐに訂正する。

「分かってるって!」

 三人は笑いながらも、先生の許可を得て、箱の表書きを一つずつ確かめていった。

 古い運動会の道具。

 卒業式の看板。

 使われなくなった放送機器。

 どれも第八の怪異とは関係なさそうだった。

 ところが、部屋の隅にあった細長い木箱に、湊が足を止めた。

 箱の側面には、小さな三角形が描かれていた。

「これ……」

 湊が呼ぶと、ひよりと蓮も近づいてきた。

 木箱には鍵がかかっていなかった。

 白石先生に確認してから、湊はゆっくりとふたを開けた。

 中には、古い紙束と、革張りの小さな手帳が入っていた。

 紙束の一番上には、こう書かれていた。

『創立七十周年記念行事・記録係資料』

「見つけた……!」

 蓮が思わず声を上げる。

 ひよりは紙束を丁寧に取り出し、最初のページを開いた。

 そこには、記念行事の準備について細かく記録されていた。

 どの場所に手がかりを置いたのか。

 どの設備を使ったのか。

 当日の参加者に、どの順番で謎を解いてもらうのか。

 七つの怪異についても、これまで見つけた記録と一致する説明が書かれていた。

 しかし、最後のページだけは違っていた。

『第八地点については、記念行事の企画には含めないこと。担当者の判断により、資料を別に保管する』

 湊は、その文章を何度も読み返した。

「第八地点は、最初から七つの怪異とは別だったんだ」

「うん。しかも、担当者が自分の判断で資料を分けている」

 ひよりは、次のページをめくった。

 そこには、担当者の署名があるはずだった。

 しかし、署名欄はきれいに切り取られていた。

「また名前がない……」

 蓮がつぶやく。

 そのとき、白石先生が紙束を見つめたまま、静かに口を開いた。

「この記録は、初めて見たよ」

 三人は先生を振り返った。

「先生も知らなかったんですか?」

 湊が尋ねると、先生はうなずいた。

「十年前、私はこの学校の児童だった。でも、記念行事の準備に関わっていたのは、主に上級生たちだったんだ。私が知っているのは、七つの怪異を使った校内探検があったということくらいだよ」

「じゃあ、第八地点についても……」

「知らなかった。少なくとも、こんな記録が残されていたとはね」

 先生の表情には、驚きが浮かんでいた。

 湊は、少しだけ安心した。

 白石先生が何かを隠しているのではないかと、心のどこかで疑っていたのだ。

 けれど、先生自身も、今回の記録には驚いているようだった。

「この手帳も見ていいですか?」

 ひよりが尋ねた。

「もちろん。大切に扱ってね」

 ひよりは革張りの手帳を開いた。

 最初の数ページには、日付と短い記録が並んでいた。

 その中に、気になる一文があった。

『記録係は、参加者の一人として名簿に登録すること。顔写真は記念撮影の際に撮る。ただし、第八地点の存在は、ほかの参加者には知らせない』

「記録係なのに、参加者として登録したの?」

 蓮が不思議そうに言った。

「企画の中に紛れ込ませるためだったのかもしれないね」

 ひよりは、さらにページをめくった。

 すると、手帳の途中に、小さな紙片が挟まっていた。

 そこには、参加者番号と名前が書かれていた。

『十三番 ――――』

 名前の部分は、黒い線で塗りつぶされていた。

 しかし、その下には、別の文字が薄く残っていた。

 ひよりは、紙を光にかざしながら慎重に確認した。

「……全部は読めない。でも、最後の文字は『田』に見える」

「田……?」

 湊は考え込んだ。

 十年前の卒業生の名前を、今の自分たちはほとんど知らない。

 それだけでは、人物を特定することはできなかった。

 蓮は、紙片の端に書かれた小さな記号を指さした。

「これ、三角形の横に、丸が二つ並んでないか?」

 確かに、紙の隅には小さな丸が二つ描かれていた。

 その下に、さらに小さな文字がある。

『記録の保管場所は、始まりの場所の近く。最後の答えは、記録係本人が持つ』

 湊は、思わず顔を上げた。

「本人が持つ……。じゃあ、この手帳だけじゃ、まだ全部の答えは分からないんだ」

「そういうことだね」

 ひよりはうなずいた。

「記録係が誰なのかを突き止めて、その人が持っている記録を見つける必要がある」

 湊は、紙片を元の場所へ戻した。

 十年前の記録係。

 顔を隠された十三番。

 名前を消された担当者。

 その人物は、今もどこかで第八の怪異を見守っているのだろうか。

     *

 物置の調査を終えた三人は、図書室へ戻った。

 白石先生が、十年前の卒業生について確認できる資料を探してくれることになったのだ。

 図書室の机に資料を広げ、ひよりは手帳に記されていた情報を整理した。

「まず、分かっていることをまとめるね」

 彼女はノートに書き込んだ。

「十三番は、記録係として参加者名簿に登録されていた。第八地点は、七つの怪異の企画には含まれていなかった。そして、最後の記録は、記録係本人が持っている」

「それから、名前の最後の文字は『田』かもしれない」

 蓮が付け加えた。

「でも、名前が消された理由はまだ分からない」

 湊は、古い集合写真を机の上に置いた。

 顔が隠された子ども。

 その後ろに写っていた人物。

 湊は、写真を見ながらふと気づいた。

「待って……」

「どうしたの?」

 ひよりが顔を上げた。

「この写真、撮影した場所が分かれば、ほかの資料と照らし合わせられるんじゃないかな」

 写真の背景には、古い掲示板と、特徴的な窓枠が写っていた。

 ひよりは、学校の古い図面を取り出した。

「この窓の形……。旧準備室の隣にあった、記録保管室の窓に似てる」

「じゃあ、写真は旧準備室の近くで撮られたのか?」

 蓮が尋ねる。

「その可能性は高いと思う」

 湊は、写真の端に写っている掲示板に注目した。

 掲示板の隅には、三角形と四角形が並んでいる。

 そして、その下に小さな文字があった。

『第八地点・記録係』

 旧準備室の壁にあった金属板と、同じ言葉だった。

「やっぱり、この写真は第八地点と関係しているんだ」

 湊は確信した。

 けれど、次の瞬間、ひよりが小さく声を上げた。

「ねえ、二人とも。写真のこの部分を見て」

 彼女が指さしたのは、掲示板の横にある窓だった。

 窓ガラスには、撮影している人の姿がうっすらと反射していた。

 顔は見えない。

 しかし、その人物の手元には、小さなノートが写っていた。

 ノートの表紙には、見覚えのある文字がある。

『怪異調査記録』

 三人は、しばらく言葉を失った。

 十年前の写真に、今の湊たちが調べているノートと同じ題名が写っている。

 つまり、そのノートは、七つの怪異が作られた当時から存在していたのだ。

「でも、俺たちが最初に見つけたノートは、もっと新しいものだったよな?」

 蓮が言った。

「うん。表紙は古かったけど、最後のページだけ新しい紙だった」

 湊は考え込んだ。

「もしかすると、ノートは一冊だけじゃないのかもしれない」

 ひよりが、はっと顔を上げた。

「十年前の記録係が使っていたノートと、私たちが見つけたノートは、別のもの……?」

「そう考えれば、辻褄が合う」

 湊は、写真の中のノートをじっと見つめた。

 誰かが、十年前の記録をもとに、新しいノートを作った。

 そして、湊たちの机に置いた。

 その人物は、昔の記録を知っている。

 あるいは、記録係本人から話を聞いたのかもしれない。

 そのとき、図書室の入口から白石先生が戻ってきた。

「少し、気になることが分かったよ」

 三人は一斉に先生を見た。

「十年前の卒業生名簿を調べてみたんだ。十三番の名前は、参加者名簿からは消されていたけれど、当時の卒業生名簿には、似た名前が残っていた」

「本当ですか?」

 湊が身を乗り出す。

 先生は、手にしていた紙を机の上に置いた。

 そこには、十年前の卒業生の名前が並んでいた。

 その中の一人に、鉛筆で小さな丸がつけられている。

『黒田 直人』

 蓮の表情が変わった。

「……黒田?」

 湊とひよりは、思わず蓮を振り返った。

「蓮、もしかして……」

「いや、待って! 俺、知らないぞ!」

 蓮は慌てて両手を振った。

「黒田って名前が同じだけだろ? 親戚かどうかも分からないし、そもそも十年前の卒業生なんて、俺は会ったことないぞ!」

「そうだね。同じ名字だけでは何も分からない」

 ひよりは落ち着いて答えた。

 白石先生も、すぐに付け加えた。

「この人が十三番だったと決まったわけではないよ。ただ、記録に残っている名前の一つというだけだ」

 湊は、その名前をノートに書き留めた。

 黒田直人。

 十年前の卒業生。

 十三番の候補。

 そして、第八地点の記録係かもしれない人物。

 謎は、少しずつ形を見せ始めていた。

     *

 その日の帰り道。

 湊たちは、いつもより口数が少なかった。

 黒田直人という人物が、第八の怪異にどこまで関わっているのか。

 そもそも、なぜ十三番の記録だけが隠されていたのか。

 そして、誰が今になって第八の怪異を動かしているのか。

 分からないことは、まだたくさんあった。

「……なあ」

 蓮が、ぽつりと言った。

「もし、その黒田って人が俺の親戚だったら、ちょっと聞いてみたいことがある」

「何を?」

 湊が尋ねる。

「どうして、わざわざ名前を消したのか。何か事情があったのか。それを知りたい」

 蓮の声は、いつもより真剣だった。

 ひよりは、静かにうなずいた。

「うん。でも、まずはその人が本当に記録係なのか、確かめよう」

 三人は、次の調査で確認することを決めた。

 十年前の卒業生名簿。

 十三番の記録。

 そして、第八地点に残された仕掛け。

 それらを一つずつ調べていけば、きっと真相に近づけるはずだった。

 けれど、その夜。

 湊の家に、一通の封筒が届いた。

 差出人の名前はない。

 封筒の表には、ただ一言だけ書かれていた。

『怪異調査クラブへ』

 湊は、慎重に封筒を開いた。

 中には、小さな紙片が入っていた。

 そこに記されていたのは、短い文章だった。

『十三番を探しているなら、黒田直人の名前を追うな。

 彼は、記録係ではない』

 湊は、息をのんだ。

 では、黒田直人とは何者なのか。

 そして、本当の記録係は誰なのか。

 紙片の裏には、さらに小さな文字が書かれていた。

『答えは、次の放課後に』

 湊は、紙片を見つめたまま、しばらく動けなかった。

 第八の怪異を作った人物は、まだどこかにいる。

 そして、その人物は、湊たちが何を調べているのかを知っている。

 次の放課後、三人は再び学校へ向かう。

 今度こそ、名前を消された記録係の正体に迫るために。

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