放課後、怪異調査クラブ
仕掛けられた最後の謎
翌日の放課後。
湊たちは、白石先生と一緒に旧記録庫へ向かっていた。
昨日、図書室で見つけた落とし物一覧には、気になる一文が残されていた。
――本人が来なければ、次の記録係へ渡すこと。
たった一行の文章。
けれど、その言葉は、これまでの調査で考えていたことを大きく変えるものだった。
十年前の記録係は、自分の名前を残さなかった。
しかし、それで記録が途絶えたとは限らない。
誰かが、その意思と記録を引き継いでいた可能性がある。
「次の記録係って、どういう意味なんだろうね」
ひよりは手帳を開きながら言った。
「記録係が途中で交代したのかもしれないし、最初から複数人で担当する予定だったのかもしれない」
「でも、参加者名簿には十三番しか見当たらなかったんだろ?」
蓮が尋ねた。
「うん。少なくとも、今まで見つけた資料にはね」
「だったら、十三番が最初の記録係で、次の記録係は別の人だったってことも考えられるな」
湊は、昨日の手帳に書いた仮説を思い返した。
――第八の怪異は、誰か一人の秘密ではなく、引き継がれてきた記録なのかもしれない。
「今日は、記録がどこへ引き継がれたのかを調べよう」
湊がそう言うと、ひよりと蓮はうなずいた。
旧記録庫の扉は、白石先生が鍵を開けてくれた。
中には古い書類箱が並んでいる。
十年前の記念行事の資料は、前回調べた箱にまとめられていたが、今回はその周囲にある箱も確認することにした。
学校行事の記録は、年度ごとに整理されている。
もし引き継ぎが正式に行われていたなら、別の年度の資料に何か残っているかもしれない。
「この箱は、七十周年記念行事の翌年度のものだね」
ひよりがラベルを読み上げた。
湊と蓮は、先生の許可を得て箱の中身を確認した。
最初に出てきたのは、遠足や運動会の記録。
次に、委員会活動の報告書。
そして、一番下に、薄い封筒が入っていた。
封筒には、何も書かれていない。
「これ、ほかの書類と一緒に保管されていたのかな」
湊が尋ねると、白石先生はうなずいた。
「そのようだね。中身を確認してみよう」
封筒を開けると、一枚の紙と、小さなカードが出てきた。
紙には、短い文章が書かれていた。
――記録の引き継ぎは、予定どおり完了した。
――ただし、次の記録係には、前任者の名前を伝えないこと。
――記録の目的は、人物を特定することではなく、残された謎を正しく解き明かすことである。
三人は、しばらく黙って文章を見つめていた。
「前任者の名前を伝えない……?」
ひよりが小さくつぶやいた。
「これって、記録係が自分の名前を隠したかっただけじゃないんだ」
湊は、ゆっくりとうなずいた。
「次の記録係にも、名前を教えないように決めていたんだ。つまり、記録を引き継ぐときのルールだったんだよ」
「でも、どうしてそこまでする必要があるんだ?」
蓮が首をかしげた。
「名前がわからなければ、記録係が誰なのか、あとから調べることも難しくなる。わざわざそんな仕組みにした理由があるはずだ」
湊は、紙の続きを確認した。
しかし、それ以上の説明はなかった。
代わりに、最後の一行だけが、少し大きな文字で書かれていた。
――記録係は、謎の答えを知る者ではない。謎を次の誰かへ渡す者である。
その言葉を読んだ瞬間、湊は何かを理解しかけた。
記録係は、すべての答えを知っている人物ではない。
むしろ、答えを知っているかどうかに関係なく、記録を次へ渡す役目を担っていたのではないか。
それなら、第八の怪異が十年後の今になって動き始めた理由も、少し違って見えてくる。
誰かが秘密を守り続けていたのではない。
誰かが、続きを解く人を待っていたのかもしれない。
*
湊は、封筒に入っていた小さなカードを手に取った。
表面には、円、三角形、四角形の三つの記号が描かれている。
その下に、見覚えのある言葉があった。
――七つの怪異を解いた者へ。
「これ……第十一話で見つけたノートの最後のページに書かれていた言葉と似てる」
ひよりが言った。
「『七つの怪異を解いた者へ。第八の怪異を探してはいけない』ってやつだよね」
「そう。でも、このカードには続きがある」
湊は裏面を確かめた。
そこには、三つの短い指示が書かれていた。
――円を探せ。
――三角形をたどれ。
――四角形の前で、立ち止まれ。
蓮がカードをのぞき込んだ。
「また記号か。これ、十年前の企画で使っていたものと同じだよな」
「うん。でも、今回は場所を示しているとは限らないと思う」
湊は考えながら答えた。
「円は始まり、三角形は案内役、四角形は終点。これまでの記録では、そういう意味だった」
「なら、円から始まって、三角形の案内をたどり、四角形の場所で止まる……ってこと?」
ひよりが尋ねた。
「たぶんね。ただ、このカードがいつ作られたものなのか、まだわからない」
カードの紙は、古い資料と一緒に保管されていた。
けれど、それだけで十年前に作られたとは断定できない。
今の誰かが、あとから封筒に入れた可能性もある。
「先生、この封筒がいつ保管されたのか、記録はありますか?」
湊が尋ねると、白石先生は箱のラベルを確認した。
「箱自体は翌年度のものだけれど、この封筒がいつ入れられたかまではわからないね。保管する前に、誰かが追加した可能性もある」
「じゃあ、このカードも、今の第八の怪異につながっているのかもしれない」
蓮が言った。
湊はカードを元の封筒へ戻した。
まだ、答えは出ていない。
けれど、記録係が何を大切にしていたのか、その考え方が少しずつ見えてきた。
名前を残さないこと。
記録を次の人へ渡すこと。
そして、謎を解く人自身に答えを見つけてもらうこと。
その三つは、ばらばらの決まりではなく、一つの目的につながっているのかもしれなかった。
*
調査を終えた三人は、旧記録庫の前で立ち止まった。
「円、三角形、四角形……」
ひよりが、手帳に三つの記号を描き写した。
「最初の場所、案内役、終点。今までの意味を当てはめるなら、やっぱり場所をたどる指示なのかな」
「でも、これまでの第八地点の手がかりは、どれも同じ場所に集まっているわけじゃない」
湊は答えた。
「机は旧校舎。金属の札は物置の近く。ノートの記録は図書室。全部、別の場所にあった」
「それなら、場所をたどる順番を示しているのかもな」
蓮が言った。
「円の場所から始めて、三角形の印を探し、最後に四角形の場所へ行く。そうすれば、次の手がかりが見つかるんじゃないか?」
湊は、しばらく考えた。
「確かめる価値はあるね。ただし、勝手に学校の中を探し回るんじゃなくて、先生に相談してからにしよう」
「了解」
蓮が答えた、そのときだった。
廊下の向こうから、足音が聞こえてきた。
三人が振り返ると、白石先生のところへ、一人の女性教師が歩いてきた。
「白石先生、探していた資料が見つかったそうです」
「本当ですか?」
「はい。十年前の記念行事に関する、追加の保管記録です。古いファイルの間に挟まっていたそうですよ」
先生は、一枚の紙を受け取った。
そこには、資料を保管した日付と、担当者の名前が書かれていた。
白石先生は目を通し、少し驚いたような表情を浮かべた。
「これは……」
「何かわかったんですか?」
湊が尋ねた。
「この資料を保管したのは、十年前の記念行事の担当教員だね。ただ、記録の最後に、手書きで一文が追加されている」
先生は、その部分を三人に見せた。
そこには、こう書かれていた。
――第八地点の記録は、行事の終了をもって閉じるものではない。次の記録係が現れたとき、初めて続きを開くこと。
湊の背筋が伸びた。
「次の記録係が現れたとき……」
ひよりは、すぐに手帳へ書き込んだ。
「つまり、第八の怪異は、最初から十年後の誰かに解かせるために作られた可能性があるってこと?」
「そう考えられるね」
湊は答えた。
「でも、十年後に誰が来るかなんて、わからないはずだよ」
蓮が言った。
「だから、記録係が何代も引き継がれてきたのかもしれない。誰かが謎を解きに来るまで、記録を残し続けるために」
三人は、もう一度、追加の記録を見つめた。
もしそうなら、今の第八の怪異を仕掛けている人物は、十年前の記録係本人とは限らない。
けれど、その人物は、少なくとも記録係の考え方を知っている。
そして、今の三人を次の記録係として選ぼうとしているのかもしれなかった。
*
その日の帰り際、湊は下駄箱の前で、ひよりと蓮に声をかけた。
「今日わかったことを整理しておこう」
「うん」
「まず、十年前の記録係は、自分の名前を次の人へ伝えないようにしていた。記録は、次の記録係へ引き継がれていた可能性が高い」
ひよりが、指を折りながら確認した。
「それから、第八地点の記録は、七十周年記念行事が終わっても閉じられていなかった。次の記録係が現れるまで、続きを開かないことになっていた」
「つまり、俺たちが七つの怪異を解いたことが、何かの条件を満たしたってことだな」
蓮が言った。
「そうかもしれない。でも、まだ確認できていないことも多い」
湊は手帳を閉じた。
誰が、記録を引き継いできたのか。
今の第八の怪異を仕掛けているのは誰なのか。
そして、なぜ自分たちが選ばれたのか。
答えは、まだ見つかっていない。
そのとき、湊の鞄の中で、スマートフォンが震えた。
知らない相手からのメッセージだった。
差出人の名前は表示されていない。
本文には、たった一行だけ書かれていた。
――最後の謎を解く前に、君たちは一つだけ確かめなければならない。
続けて、もう一通届いた。
――第八の怪異を作ったのは、十年前の記録係ではない。
「……え?」
湊は画面を見つめた。
ひよりと蓮も、すぐにのぞき込む。
さらに、三通目のメッセージが届いた。
――明日、旧校舎の時計が三時を指したとき、図書室へ来てほしい。そこで、すべてを知る人物に会わせる。
三人は、しばらく言葉を失った。
「すべてを知る人物……?」
ひよりが、ゆっくりとつぶやいた。
「これを送ってきた人は、その人物のことを知っているんだ」
「でも、どうして俺たちをそこへ呼ぶんだ?」
蓮が尋ねた。
湊は、メッセージを何度も読み返した。
第八の怪異を作ったのは、十年前の記録係ではない。
その一文は、これまでの考えを大きく揺さぶるものだった。
十年前の記録係は、謎を残した。
その記録を誰かが引き継いだ。
そして今、別の誰かが、新しい第八の怪異を作り出している。
もしそうなら、十年前の出来事と、今起きている出来事は、どこでつながっているのだろう。
「明日、確かめよう」
湊は言った。
「ただし、何を聞いても、すぐには信じない。証拠と照らし合わせて、きちんと考えるんだ」
「もちろん」
ひよりがうなずいた。
「せっかくここまで調べたんだから、最後まで自分たちの目で確かめようぜ」
蓮も、いつもの調子で笑った。
三人は、それぞれの家へ帰っていった。
夕暮れの空には、薄い雲が広がっていた。
明日、図書室で待っている人物は、いったい誰なのか。
そして、その人物は、第八の怪異について何を知っているのか。
湊は、帰り道でスマートフォンをもう一度見た。
最後のメッセージの下には、送信時刻が表示されていた。
午後三時。
それは、明日の約束の時刻ではない。
十年前、七十周年記念行事の最終日にも、同じ時刻が記録されていた。
偶然なのか。
それとも、誰かが意図して合わせたのか。
湊には、まだわからなかった。
けれど、明日の放課後には、その答えの一端が明らかになるはずだった。
七つの怪異を解いた三人を待つ、最後の謎。
その扉は、もうすぐ開こうとしていた。