放課後、怪異調査クラブ
すべてを知る人物
翌日の午後二時五十分。
湊、ひより、蓮の三人は、図書室の入口に集まっていた。
昨日届いたメッセージには、こう書かれていた。
――明日、旧校舎の時計が三時を指したとき、図書室へ来てほしい。そこで、すべてを知る人物に会わせる。
その人物が誰なのか。
なぜ、三人を呼び出したのか。
そして、第八の怪異について何を知っているのか。
考えれば考えるほど、疑問は増えていった。
「もうすぐ三時だね」
ひよりが腕時計を確認した。
「うん。とりあえず、相手が来るのを待とう」
湊は図書室の中を見渡した。
いつもの本棚。
窓際の机。
古い記録が保管されている棚。
見慣れた場所なのに、今日はどこか落ち着かなかった。
「なあ、湊」
蓮が声をひそめた。
「昨日のメッセージ、本当に同じ人から届いたと思うか?」
「どういうこと?」
「これまで手紙を残していた人と、昨日のメッセージを送ってきた人が同じとは限らないだろ。俺たちを導いている人が、一人とは限らないってことだよ」
湊は、はっとした。
確かに、そうだった。
最初に『怪異調査記録』を机に置いた人物。
旧校舎に手がかりを残した人物。
そして、昨日メッセージを送ってきた人物。
それぞれが同じ人物だという証拠は、どこにもない。
「そうだね。誰か一人が全部を仕掛けたと決めつけるのは、まだ早い」
「でしょ?」
蓮は少し得意げに笑った。
「たまには俺の推理も役に立つんだよ」
「たまには、ね」
「ひよりまで!」
小さな笑い声が、図書室に響いた。
そのときだった。
廊下の向こうから、ゆっくりと足音が近づいてきた。
三人は、同時に入口を振り返った。
*
現れたのは、見覚えのある人物だった。
灰色の上着を着た、年配の男性。
十年前の記念行事について話を聞かせてくれた、元用務員の佐伯さんだった。
「佐伯さん!」
湊は驚いて声を上げた。
「どうして、ここに?」
佐伯さんは、三人に穏やかな笑顔を向けた。
「昨日、学校から連絡をもらってね。君たちが、また古い記録を調べていると聞いたんだ」
「昨日のメッセージを送ったのは、佐伯さんなんですか?」
ひよりが尋ねた。
佐伯さんは、ゆっくりと首を横に振った。
「いや。私ではないよ」
三人は顔を見合わせた。
「では、誰が……?」
「それを説明する前に、少し話をさせてほしい」
佐伯さんは、図書室の窓際にある机へ向かった。
三人も、その向かい側に腰を下ろした。
佐伯さんは、持っていた鞄から一冊の古いアルバムを取り出した。
表紙には、七十周年記念行事と書かれている。
「これは、十年前の記念行事のときに撮影した写真をまとめたものだ。学校に残っているアルバムとは別に、当時の担当者が保管していたものなんだよ」
湊は、アルバムを見つめた。
「もしかして、第八地点に関係する写真があるんですか?」
「そう。もっとも、これだけで全部がわかるわけではないけれどね」
佐伯さんは、アルバムを開いた。
最初のページには、記念行事の準備風景が並んでいた。
子どもたちが教室を飾りつけている写真。
先生たちが廊下に案内板を設置している写真。
そして、校庭で撮影された集合写真。
湊たちは、写真の端々まで注意深く確認した。
「……あれ?」
ひよりが、ある写真の前で手を止めた。
「この人、見覚えがあるような気がする」
写真には、記念行事の準備を手伝う子どもたちが写っていた。
その後ろには、先生らしき人物が立っている。
顔は少しぼやけていたが、胸元には名札が見えた。
「この名札、前に見た写真にも写っていたよね」
湊は、以前見つけた写真を思い出した。
旧記録庫で発見した、記念行事の集合写真。
その窓の反射に、ノートを持った人物が写り込んでいた写真だ。
「同じ人物かもしれない。でも、写真だけでは断定できないね」
湊が言うと、佐伯さんはうなずいた。
「そのとおりだよ。だからこそ、もう一つの記録を見てほしいんだ」
佐伯さんは、アルバムの間から一枚の紙を取り出した。
それは、記念行事の準備を手伝った人たちの一覧だった。
子どもたちの名前と、担当した仕事が記されている。
その中に、黒田直人の名前もあった。
けれど、湊たちが注目したのは、その名前ではなかった。
一覧の一番下。
子どもたちの名前とは別の欄に、小さな文字が書かれていた。
――記録補助担当 森下先生。
「森下先生……?」
湊が読み上げた。
佐伯さんは、ゆっくりとうなずいた。
「当時、記念行事の記録を手伝っていた先生だよ。子どもたちが作った謎を写真に撮ったり、資料を整理したりしていた」
「じゃあ、記録係は森下先生だったんですか?」
ひよりが尋ねた。
「いや。そこは間違えないでほしい。森下先生は大人として記録の整理を手伝っていた人で、十三番として登録された子どもの記録係とは別だよ」
湊は、手帳に書き留めた。
記録係と記録補助担当。
似ているようで、役割は違う。
これまでの資料では、二つの立場が混同されていた可能性があった。
「森下先生は、今もこの学校にいらっしゃるんですか?」
蓮が尋ねた。
「今は別の学校で働いているよ。けれど、昨日、私に連絡をくれたんだ」
「森下先生が?」
「そう。君たちが第八地点について調べていると聞いて、話しておきたいことがあると言っていた」
湊の胸が高鳴った。
ついに、第八の怪異に直接関わっていた人物が見つかったのだろうか。
しかし、佐伯さんは慎重な口調で続けた。
「ただ、森下先生も、すべてを知っているわけではないそうだ。先生が知っているのは、十年前に記録を整理したときのこと。そして、ある子どもが、最後の記録を残したがっていたことだという」
「その子どもが、十三番……?」
「その可能性はある。けれど、本人が名乗らない限り、確かなことは言えないね」
湊は、佐伯さんの言葉を胸に刻んだ。
答えを急いではいけない。
名前が似ているからといって、同じ人物とは限らない。
記録が残っているからといって、すべてが正しいとは限らない。
それは、七つの怪異を調べたときにも学んだことだった。
*
佐伯さんは、アルバムを閉じた。
「森下先生は、明日なら時間が取れるそうだ。君たちが希望するなら、話を聞けるように手配してくれると言っていたよ」
「ぜひ、お願いします!」
湊はすぐに答えた。
ひよりと蓮も、うなずいた。
「でも、その前に一つだけ、君たちに伝えておきたいことがある」
佐伯さんは、真剣な表情になった。
「昨日、君たちが見つけたメッセージには、第八の怪異を作ったのは十年前の記録係ではない、と書かれていたそうだね」
「はい」
「それは、私も同じように考えている」
三人は驚いた。
「どうしてですか?」
湊が尋ねる。
「十年前の記録係は、記念行事が終わったあと、自分の記録を次の人へ渡すための準備をしていた。けれど、第八の怪異そのものを作り出したわけではないんだ」
「じゃあ、誰が作ったんですか?」
蓮が尋ねた。
佐伯さんは、すぐには答えなかった。
代わりに、アルバムの最後のページを開いた。
そこには、記念行事が終わった日の校舎が写っていた。
夕方の廊下。
片づけの終わった教室。
そして、旧校舎の入口に置かれた一つの机。
「この机が置かれたのは、記念行事が終わったあとだった。君たちも、以前の調査で同じような机を見つけただろう?」
「はい。引き出しには、『席に座る者は、窓の外を見てはいけない』と書かれた紙が入っていました」
湊が答えた。
「その机を置いた人物は、十年前の記録係とは別の人だと、私は聞いている」
佐伯さんは、写真を指さした。
「ただし、誰が置いたのかは、私にもわからない。机を置いた人は、記録係が残した手がかりを利用して、新しい謎を作り始めたのかもしれない」
ひよりは、写真をじっと見つめた。
「つまり、第八の怪異は、十年前の記録をもとに、あとから作られたもの……?」
「そう考えると、これまでの手がかりとも矛盾しないね」
湊は、ゆっくりとうなずいた。
最初に見つかった『怪異調査記録』。
旧校舎に置かれた机。
物置の近くにあった第八地点の札。
それらは、十年前の記録係がすべて用意したものではない。
誰かが、十年前の記録を読み、そこから新しい謎を作り出したのだ。
「でも、どうしてそんなことを?」
ひよりが尋ねた。
「それは、森下先生から話を聞けば、何かわかるかもしれない」
佐伯さんは、アルバムを鞄にしまった。
「ただ、私は一つだけ気になっていることがある」
「何ですか?」
「十年前の記録係は、最後の記録を次の人へ渡そうとしていた。ところが、記録を受け取るはずだった人物が、実際に受け取ったかどうかは、資料に残っていないんだ」
湊は息をのんだ。
記録は引き継がれた。
その事実は、資料に書かれていた。
しかし、誰から誰へ渡されたのか。
そして、その記録を受け取った人物が、何をしたのか。
その部分だけが、空白になっていた。
「もしかしたら、そこが第八の怪異の始まりなのかもしれないね」
佐伯さんは、静かに言った。
*
佐伯さんが帰ったあと、三人は図書室に残っていた。
窓の外では、運動部の生徒たちが片づけを始めている。
いつもの放課後の風景。
けれど、湊たちの頭の中では、十年前の出来事が少しずつ組み立て直されていた。
「今までの話を整理しよう」
湊はノートを開いた。
「十年前、七つの怪異を作った子どもたちがいた。その中に、十三番と呼ばれる記録係がいた可能性がある」
ひよりが続けた。
「記録係は、自分の名前を残さず、記録を次の人へ渡すことを選んだ。そして、その記録は、七十周年記念行事が終わったあとも保管されていた」
「その記録をもとに、別の人物が第八の怪異を作った」
蓮が言った。
「でも、その人物が誰なのか、何のために作ったのかは、まだわからない」
湊は、三つの記号をノートに描いた。
円。
三角形。
四角形。
七つの怪異を解いたとき、三つの記号は、謎をつなぐ案内として使われていた。
けれど、第八の怪異では、同じ記号が別の意味を持っている可能性がある。
「ねえ、湊くん」
ひよりが、ノートをのぞき込んだ。
「最初に見つけた『怪異調査記録』には、『第八の怪異を探してはいけない』って書かれていたよね」
「うん」
「でも、昨日のメッセージには、明確に第八の怪異について調べるような内容が書かれていた。もし同じ人が仕掛けているなら、どうして最初は探すなって言ったんだろう?」
湊は、しばらく考え込んだ。
「……もしかしたら、あの言葉は、ただの警告じゃなかったのかもしれない」
「どういうこと?」
「第八の怪異を、最初から決めつけて探してはいけないって意味だったんじゃないかな。七つの怪異を解いたときと同じように、目の前の現象を確かめて、自分たちで答えを見つけてほしかったのかもしれない」
蓮は、少し考えてからうなずいた。
「なるほどな。答えを教えるんじゃなくて、調べ方を試しているってことか」
「ただ、それもまだ仮説だよ」
湊はノートに書き加えた。
「第八の怪異を作った人物は、三人に何かを確かめさせようとしている」
そのとき、ひよりが図書室の時計を見た。
「もう、こんな時間だ」
三人は荷物をまとめ始めた。
明日は、森下先生に話を聞く。
十年前の記録を整理した人物。
記録係の存在を知っていた人物。
そして、今の第八の怪異について、何かを知っているかもしれない人物。
ようやく、謎の中心に近づいてきた気がした。
けれど、図書室を出る直前、湊はふと足を止めた。
窓際の机の上に、小さな紙が置かれていたのだ。
さっきまで、そこには何もなかったはずだった。
「二人とも、これ……」
ひよりと蓮が戻ってくる。
紙には、見覚えのある筆跡で、一文だけ書かれていた。
――明日、森下先生に会う前に、黒田直人の名前をもう一度調べてほしい。
その下には、さらに小さな文字があった。
――彼は記録係ではない。けれど、記録を渡した人物を知っている。
三人は、しばらく紙を見つめていた。
黒田直人は、記録係ではない。
それは、最初に届いた手紙にも書かれていた。
けれど、記録を渡した人物を知っているというのなら、彼は第八の怪異の謎を解くために欠かせない存在になる。
「……明日は、森下先生に会う前に、黒田直人さんについて調べよう」
湊が言った。
ひよりはうなずき、蓮も真剣な表情で紙を見つめていた。
十年前の記録係。
その記録を受け取った人物。
そして、今、第八の怪異を作り出した人物。
それぞれの関係が、ようやく見え始めていた。
けれど、最後の一つが、まだわからない。
記録を受け取った人物は、なぜ、その記録を次の誰かへ渡さなかったのか。
その答えを知るために、三人は明日の放課後へ向かう。
第八の怪異の正体は、もうすぐ目の前に現れようとしていた。