放課後、怪異調査クラブ
第八の怪異の正体
翌日の放課後。
湊、ひより、蓮の三人は、図書室の机を囲んでいた。
机の上には、これまでの調査で見つけた資料が並んでいる。
七十周年記念行事の参加者名簿。
黒田直人の名前が載った後片づけの記録。
記録係の引き継ぎについて書かれた紙。
そして、昨夜、図書室で見つけた一枚のメモ。
――彼は記録係ではない。けれど、記録を渡した人物を知っている。
「まずは、黒田直人さんについて調べよう」
湊が言った。
「昨日の佐伯さんの話では、直人さんは記念行事の後片づけを手伝っていた。机や備品を運ぶ仕事をしていたんだよね」
「うん。でも、記録係だったわけじゃない」
ひよりは名簿を見ながら答えた。
「だったら、どうして記録を渡した人物を知っているんだろう?」
蓮は腕を組んだ。
「単純に考えれば、後片づけのときに、誰かが記録を渡すところを見たんじゃないか?」
「それはありそうだね。でも、もう一つ考えられることがある」
湊は、後片づけの記録を指さした。
「直人さんは、記録を保管場所まで運ぶ仕事を手伝っていたのかもしれない。もしそうなら、誰が何を持っていたのか、ある程度は知っていたはずだよ」
「なるほど。本人が記録係じゃなくても、記録係の近くにいた可能性があるってことか」
蓮はうなずいた。
「ただ、名簿だけじゃ、そこまではわからないね」
ひよりが手帳を閉じた。
「黒田直人さんに直接話を聞けたら、一番早いんだけど……」
「十年前の卒業生だから、今どこにいるのかも調べないといけないね」
湊はそう言って、白石先生に相談するため、職員室へ向かおうとした。
そのときだった。
「君たちが、黒田直人について調べているのかい?」
図書室の入口から、聞き覚えのある声がした。
三人が振り返ると、そこには佐伯さんが立っていた。
「佐伯さん!」
「昨日、森下先生から連絡があってね。君たちが直人くんについて調べることになるだろうと聞いたんだ」
湊は驚いた。
「森下先生が、ですか?」
「ああ。直人くんが何を知っているのか、話を聞く機会を作れるかもしれないそうだ」
ひよりが尋ねた。
「黒田直人さんは、今も森下先生と連絡を取っているんですか?」
「いつもというわけではないが、記念行事の資料について確認したいことがあるときには、連絡を取ることがあるらしい」
佐伯さんは、少し考えてから続けた。
「直人くんは、当時のことをすべて覚えているわけではない。でも、一つだけ、ずっと気にかけていたことがあるそうだ」
「それは何ですか?」
湊が尋ねる。
「自分が運んだ箱の中に、誰かの大切な記録が入っていたことだよ」
三人は顔を見合わせた。
ついに、記録を渡した人物へつながる手がかりが現れたのだ。
*
佐伯さんの紹介で、三人は学校の応接室で黒田直人と会うことになった。
直人は、落ち着いた雰囲気の青年だった。
湊たちが自己紹介をすると、彼は少し困ったように笑った。
「まさか、十年前の記念行事について、今になって小学生から話を聞かれるとは思わなかったよ」
「突然すみません」
湊は頭を下げた。
「でも、どうしても確かめたいことがあるんです」
「第八地点のことだね?」
直人は、すぐに答えた。
三人は驚いた。
「知っているんですか?」
「詳しいことまでは知らない。でも、十年前、あの記念行事のあとに、少し変わったことがあったんだ」
直人は、机の上に置かれた資料を見つめた。
「後片づけのとき、森下先生から、小さな箱を旧記録庫の近くまで運んでほしいと頼まれたんだ」
「森下先生から?」
ひよりが尋ねた。
「そう。中身は見ていない。箱には書類が入っているから、落とさないように運んでほしいと言われただけだった」
「その箱を、誰に渡したんですか?」
湊が尋ねると、直人は少し考えた。
「それが……はっきりとは覚えていないんだ」
蓮が身を乗り出した。
「えっ、でも、箱を運んだんですよね?」
「ああ。旧記録庫の近くまでは覚えている。けれど、そこで誰かに手渡したのか、決められた場所に置いたのか、その部分の記憶が曖昧なんだ」
直人は申し訳なさそうに言った。
「ただ、箱を運んだあと、森下先生に一つだけ言われたことがある」
「何と言われたんですか?」
「『この箱のことは、ほかの参加者には話さなくていい。中身を知る必要もないから』と」
湊は、その言葉をノートに書き留めた。
箱の中身を知らなくていい。
ほかの参加者には話さなくていい。
それは、記録係の名前を残さないという決まりとも、どこか似ていた。
「直人さん、その箱を運んだのは、記念行事が終わった日ですか?」
ひよりが尋ねた。
「いや、翌日だったと思う。教室の片づけが終わってから、森下先生に頼まれたんだ」
「翌日……」
湊は、これまでの記録を思い返した。
図書室で見つけた落とし物一覧には、行事が終わった三日後に、黒い表紙のノートが記録されていた。
そして、同じ日に、資料の一部が旧記録庫付近へ移されたという記録もあった。
日付が少しずつつながっている。
「その箱を運んだとき、ほかに誰かいましたか?」
蓮が尋ねた。
「一人だけ、覚えている人がいる」
直人は答えた。
「旧記録庫の近くに、ノートを持った人がいたんだ。顔はよく見えなかったけれど、箱を見て、こちらへ近づいてきた」
「その人に箱を渡したんですか?」
「そこが曖昧なんだ。ただ、その人が箱を受け取る前に、森下先生が来たのは覚えている」
湊は、顔を上げた。
「森下先生が?」
「ああ。先生は、その人と少し話をしていた。何を話していたのかまでは聞こえなかったけれど、最後に、その人が箱を持って旧記録庫の方へ歩いていったんだ」
「じゃあ、その人が記録を受け取った人物かもしれない!」
蓮が声を上げた。
「可能性はあるね」
湊はうなずいた。
「でも、まだ、その人が十三番だったのか、記録係から引き継いだ次の人だったのかはわからない」
直人は、少し驚いたように三人を見た。
「十三番……。そうか、君たちはそこまで調べているんだね」
「直人さんは、十三番について何か知っていますか?」
ひよりが尋ねると、直人はしばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「名前は知らない。でも、当時、記念行事の参加者の中に、あまり写真に写りたがらない子がいたのは覚えている」
「写真に?」
「そう。集合写真のときも、端の方に立っていたし、顔がはっきり写らない場所を選んでいたように思う」
湊は、以前見つけた写真を思い出した。
一人の子どもの顔が、紙で隠されていた写真。
あれは、単に誰かが顔を隠したのではなく、本人の希望だったのかもしれない。
「その子は、どうして写真に写りたがらなかったんでしょうか?」
ひよりが尋ねた。
「理由まではわからない。ただ、誰かに嫌なことをされた様子はなかったよ。むしろ、ほかの子たちとは普通に話していたし、行事の準備にも積極的だった」
直人は、少し懐かしそうに笑った。
「不思議な子だったな。目立つのは苦手そうなのに、謎を作ることは好きだったみたいだから」
湊の胸が高鳴った。
記録係は、自分の名前を残さなかった。
けれど、謎を作ることは好きだった。
その二つは、矛盾しているようで、実は両立するのかもしれない。
自分の名前を知られたくなくても、作った謎を誰かに解いてほしいと思うことはできるのだから。
*
直人との話を終えたあと、湊たちは図書室へ戻った。
「これで、少なくとも一つはわかったね」
ひよりが手帳を開いた。
「黒田直人さんは、記録係ではなかった。でも、記録が引き継がれる場面を見ていた可能性がある」
「そして、その箱を運ぶように頼んだのは森下先生」
蓮が続けた。
「でも、森下先生自身が記録係だったわけでもない。あくまで記録の整理を手伝っていたんだよな」
「そう。だから、記録係本人が誰なのかは、まだわからない」
湊は、ノートに新しい図を描いた。
十三番の記録係。
森下先生。
黒田直人。
そして、箱を受け取った人物。
それぞれの名前や役割を線でつなぐ。
すると、一つだけ、はっきりしていることがあった。
黒田直人は、記録を運んだ。
森下先生は、その記録を別の場所へ移す手助けをした。
けれど、実際に記録を受け取った人物は、まだわからない。
「もし、その人物が次の記録係だったら?」
ひよりが尋ねた。
「その人が、十年間、記録を保管していたことになるのかな」
「可能性はある。でも、もう一つ考えられるよ」
湊は、図の一番下に書き加えた。
――記録を受け取った人物と、第八の怪異を作った人物は、同じとは限らない。
「十年前の記録を受け取った人が、そのまま第八の怪異を作ったとは限らないんだ」
「なるほど。記録を引き継いだ人が、さらに別の誰かへ渡した可能性もあるわけか」
蓮が言った。
「そういうこと」
湊はうなずいた。
「だから、記録の引き継ぎがどこで止まったのかを調べる必要がある」
そのとき、図書室の扉が開いた。
白石先生が、封筒を一つ持って入ってきた。
「三人とも、ちょうどよかった。森下先生から、追加の資料が届いたよ」
「森下先生から?」
湊は、すぐに立ち上がった。
白石先生は封筒を机の上に置いた。
「十年前の記念行事の記録を整理していたとき、別の書類に挟まっていたものらしい。君たちが調べている第八地点に関係する可能性があるそうだ」
封筒の中には、数枚の紙が入っていた。
その一番上には、こう書かれていた。
――第八地点・記録引き継ぎに関する覚え書き。
湊は、ゆっくりと読み始めた。
最初のページには、記録係の役割について書かれていた。
記録係は、謎を作る人ではない。
謎を解く人でもない。
記録係の役目は、謎がどのように作られ、どのように解かれたのかを残し、次の人へ渡すこと。
そして、最後には、自分の名前を記録から外すこと。
「どうして、最後に名前を外す必要があるんだろう……」
ひよりがつぶやいた。
湊は、次のページをめくった。
そこには、その理由が書かれていた。
――記録係の名前が知られれば、次に謎を解く者は、記録ではなく人物を追いかけるようになる。
――それでは、謎そのものが正しく解かれなくなる。
――だから、記録係は名前を残さない。
三人は、しばらく黙っていた。
これまで、名前を残さなかった理由を、誰かに知られたくなかったからだと考えていた。
しかし、本当は違ったのだ。
記録係は、自分が誰なのかを知られたくなかっただけではない。
謎を解く人が、人物の名前に惑わされないようにしたかったのだ。
「だから、名前を消したんだ……」
湊は、ゆっくりと言った。
「自分のことを調べるんじゃなくて、残された記録を見て、謎を解いてほしかったんだね」
ひよりは、深くうなずいた。
「それなら、私たちが最初に黒田直人さんを疑ってしまったことも、記録係が避けたかったことなのかもしれない」
「名前だけで決めつけるな、ってことか」
蓮は、少し恥ずかしそうに頭をかいた。
「……気をつけないとな」
湊は、覚え書きの続きを確認した。
最後のページには、短い文章が残されていた。
――第八の怪異は、記録係が作ったものではない。
――記録係の残した記録を、次の誰かが読み解いたときに生まれる。
湊の手が止まった。
「……これが、第八の怪異の正体なのか?」
ひよりも、蓮も、紙を見つめていた。
第八の怪異は、最初から存在していたわけではない。
十年前の記録係が作ったものでもない。
誰かが記録を読み、その意味を考え、新しい謎として形にしたときに生まれたもの。
つまり、第八の怪異は、決まった仕掛けや場所の名前ではなかった。
記録を受け取った人が、次の誰かへ謎を渡すために作り出した、新しい調査そのものだったのだ。
*
湊は、これまで見つけた手がかりを一つずつ思い返した。
『怪異調査記録』。
旧校舎に置かれた机。
第八地点と書かれた金属の札。
図書室に残された落とし物一覧。
そして、三つの記号が描かれたカード。
どれも、十年前の記録をそのまま残したものではなかった。
誰かが、記録を読み、そこから新しい謎を作り出していたのだ。
「でも、そうだとしたら……」
ひよりが、ゆっくりと口を開いた。
「今、私たちを導いている人物は、十年前の記録係ではないんだよね?」
「うん。十年前の記録係の考え方を知っている、別の人物だと思う」
湊は答えた。
「そして、その人物は、私たちが七つの怪異を解いたことを知っていた。だから、新しい謎を用意したんだ」
「なんで俺たちだったんだろうな」
蓮が尋ねた。
湊は、すぐには答えられなかった。
七つの怪異を解いたから。
それだけなら、理由はわかる。
けれど、なぜ第八の怪異を作ってまで、三人を導こうとしたのか。
何を確かめたかったのか。
その答えは、まだ覚え書きには書かれていなかった。
白石先生が、静かに口を開いた。
「森下先生は、明日の放課後なら、直接話をしてくれるそうだよ。今回の資料についても、もう少し詳しく説明できると言っていた」
「明日……」
湊は、ノートを閉じた。
いよいよ、最後の確認が近づいている。
記録係が名前を残さなかった理由。
第八の怪異が生まれた仕組み。
そして、今の謎を作った人物の目的。
その三つがわかれば、残された疑問にも答えが出るはずだった。
*
帰る前、湊たちは図書室の机を片づけた。
資料を封筒へ戻し、ノートを鞄へしまう。
そのとき、蓮がふと声を上げた。
「なあ、これ……」
蓮の手には、見覚えのある小さな紙があった。
いつの間にか、封筒の下に挟まっていたらしい。
紙には、三つの記号が描かれている。
円。
三角形。
四角形。
そして、その下には、今までとは違う文章が書かれていた。
――七つの怪異は、解かれた。
――第八の怪異は、見つけられた。
――では、最後の問いに答えなさい。
三人は、息をのんだ。
紙の一番下には、問いが一つだけ記されていた。
「謎を残した人と、謎を解いた人。どちらが物語を完成させるのか?」
湊は、紙を見つめた。
これまでの調査で、三人はたくさんの謎を解いてきた。
けれど、謎を作った人が何を考えていたのか、完全に理解できたわけではない。
記録係は、名前を残さなかった。
その代わりに、謎を次の誰かへ渡した。
そして、その記録を受け取った人物が、新しい謎を作った。
ならば、その物語を完成させるのは、いったい誰なのだろう。
「……明日、森下先生に聞いてみよう」
湊は、静かに言った。
「第八の怪異を作った人が、何を確かめたかったのか。それがわかれば、この問いにも答えられる気がする」
ひよりはうなずいた。
「うん。最後まで、自分たちで考えよう」
「よし。明日で、この謎にも決着をつけようぜ」
蓮の声には、いつもの明るさが戻っていた。
三人は図書室を出た。
夕暮れの廊下を歩きながら、湊はふと思った。
七つの怪異は、誰かが作った謎だった。
第八の怪異も、誰かが作った謎だった。
けれど、その謎が意味を持つのは、誰かがそれを見つけ、考え、答えを探そうとしたときなのかもしれない。
謎を残した人だけでは、物語は完成しない。
謎を解いた人だけでも、始まりは生まれない。
その二つがつながったとき、初めて、一つの物語になる。
湊は、鞄の中のノートを確かめた。
明日、森下先生に会う。
そして、最後の問いに答える。
第八の怪異が、なぜ作られたのか。
誰が、その続きを待っていたのか。
その答えは、もうすぐ明らかになる。
次の放課後、すべての記録が一つにつながる。