放課後、怪異調査クラブ
本棚の奥に隠された秘密
創立七十周年記念――校内に隠された七つの手がかり。
古い学校新聞に書かれていた、その見出しが頭から離れなかった。
「七不思議が、誰かの作った謎だとしたら……」
翌日の昼休み、湊は机に頬杖をつきながらつぶやいた。
「音楽室のピアノも、理科室の人体模型も、昨日の声も、全部仕掛けだったってこと?」
「まだ決まったわけじゃないよ」
ひよりは、ノートに三つの印を描きながら答えた。
「でも、昔の学校新聞に七つの手がかりって書いてあった。偶然にしてはできすぎてるよね」
「つまり、誰かが俺たちに謎解きをさせようとしてるってことか!」
蓮が身を乗り出した。
「だったら、最後まで解いてやろうぜ!」
「声が聞こえたとき、あんなに怖がってたのは誰だったかな?」
「怖がってない! あれは状況を慎重に確認してただけだ!」
「はいはい」
ひよりが笑う。
湊もつられて笑った。
けれど、すぐに表情を引き締める。
「まずは、次の七不思議を調べよう。図書室の本が勝手に動くっていう噂だ」
*
放課後。
三人は、学校の図書室に集まった。
図書室は校舎の二階にあり、窓からは校庭が見渡せる。普段は明るく静かな場所だが、奥の古い本棚が並ぶ一角だけは、少し雰囲気が違っていた。
そこは、昔の学校の記録や、古い図鑑などが保管されている場所だった。
「ここの本棚で、変なことが起きるんだってさ」
蓮が声をひそめる。
「夕方になると、本が勝手に飛び出してくるとか、並べたはずの本が別の場所に移動してるとか」
「本が飛び出すのは、さすがに大げさじゃない?」
ひよりが苦笑する。
「でも、何度戻しても同じ本が違う場所に移動してるって話は聞いたことがあるよ」
湊は、古い本棚を見上げた。
棚には、背表紙の色が褪せた本がぎっしり並んでいる。
その中に、一冊だけ不自然な本があった。
背表紙には何も書かれていない。
しかも、その本だけ、ほかの本より少し奥に引っ込んでいた。
「なあ、これ……」
湊が手を伸ばしかけたところで、ひよりが止めた。
「待って。まず、先生に確認してからにしよう」
「そうだった」
三人は図書室の司書の先生に事情を説明し、調査の許可をもらった。
古い本は傷みやすいため、無理に引っ張ったり、棚の奥へ手を入れたりしないこと。
それが条件だった。
三人は、本棚の周囲を注意深く調べ始めた。
*
「……動いた!」
突然、蓮が声を上げた。
見ると、本棚の中央付近に並んでいた青い表紙の本が、わずかに傾いていた。
次の瞬間。
すとん。
本が一冊、棚から滑り落ちた。
「うわっ!」
三人は同時に飛びのいた。
床に落ちた本は、少し開いた状態で止まっている。
風は吹いていない。
窓も閉まっていた。
「……本当に勝手に落ちたの?」
ひよりが周囲を見回す。
「いや、何か理由があるはずだ」
湊は床に落ちた本を見つめた。
そのとき、蓮が本棚の上部を指さした。
「なあ。あそこ、見てみろよ」
本棚の上には、細長い通気口があった。
その近くで、カタッ、と小さな音がした。
少し遅れて、別の本が傾いた。
「今の音……!」
湊は耳を澄ませた。
カタッ。
また音がする。
すると、本棚の端にあった薄い本が、少しだけ前へずれた。
「音がしたあとに、本が動いてる……」
ひよりがつぶやいた。
「第四話の声と同じだ!」
湊は、思わず声を上げた。
誰もいない教室から声が聞こえたときも、直前に小さな音がしていた。
もしかしたら、本が動く怪異にも、同じ仕組みが使われているのかもしれない。
「よし、音がする場所を調べよう」
蓮は本棚から少し離れ、壁や床を観察した。
そして、棚の横にある古い木製の板に気づいた。
「これ、なんだ?」
板には、小さな丸い穴が開いていた。
穴の奥には、金属らしきものが見える。
「先生に見てもらおう。勝手に触るのは危ないからね」
ひよりの言葉に、蓮は素直にうなずいた。
司書の先生を呼び、事情を説明する。
先生は板を見て、少し驚いた様子だった。
「ああ、これは昔の設備の一部かもしれないね。今は使っていないはずだけど……」
「どんな設備なんですか?」
湊が尋ねる。
「古い校舎には、離れた場所から合図を送るための仕組みがあったと聞いたことがあるよ。詳しいことは、学校の記録を調べないと分からないけれど」
三人は顔を見合わせた。
離れた場所から送る合図。
誰もいない教室から聞こえる声。
勝手に動く本。
それぞれ別の怪異に見えていたものが、少しずつつながり始めていた。
*
調査を終えた三人は、再び古い学校新聞を広げた。
創立七十周年の記念記事には、校内に隠された七つの手がかりについて、もう少し詳しい説明が載っていた。
『校内に残された印を順番にたどること。丸は始まり、三角は道しるべ、四角は終着点を示す』
「丸が始まり、三角が道しるべ、四角が終着点……」
ひよりは、ノートに書き写した。
「音楽室で見つけたのは四角。旧校舎の窓には三角があった」
「じゃあ、丸はまだ見つかってないってことか?」
蓮が尋ねる。
「うん。でも、七不思議のどこかにあるはず」
湊は、新聞の記事をさらに読み進めた。
記事の下には、校内の簡単な見取り図が載っていた。
音楽室。
理科室。
図書室。
そして、旧校舎の一角。
見取り図には、現在は使われていない小さな部屋が描かれていた。
「この部屋、今もあるのかな?」
湊が指さした場所には、こう書かれていた。
旧準備室。
「見たことないな。そんな部屋」
蓮が首をかしげる。
「先生なら知ってるかも」
ひよりは、見取り図をじっと見つめた。
旧準備室の位置は、音楽室と理科室、そして図書室を結ぶ線の近くにあった。
まるで、三つの場所がそこへ向かっているようだった。
「もしかして……七つの手がかりって、全部この部屋につながってるんじゃない?」
その言葉に、湊は息をのんだ。
七つの怪異を調べることが目的なのではない。
怪異を追いかけた先に、何かが隠されているのだ。
そのときだった。
図書室の奥から、カタン、と音がした。
三人は一斉に振り返った。
誰もいないはずの古い本棚。
そこに並んでいた本の隙間から、一枚の紙が床へ落ちていた。
「……またかよ」
蓮がつぶやく。
三人は司書の先生に確認してから、紙を拾い上げた。
そこには、たった一行だけ書かれていた。
『影が現れる夜、窓の外ではなく、窓の中を見よ』
「影……?」
湊の頭に、昨日の理科室で見た白い人影がよみがえった。
窓の外に見えた、あの白い姿。
もし、あれが窓の外ではなく、窓の中にあったのだとしたら?
湊は、ゆっくりと顔を上げた。
図書室の窓には、三人の姿が映っている。
その背後に――。
「……え?」
湊は目を見開いた。
窓に映った三人の背後に、もう一人、誰かが立っていた。
白い服を着た、小さな人影。
湊が振り返る。
そこには誰もいなかった。
もう一度、窓を見る。
人影は消えていた。
「湊? どうしたの?」
ひよりが心配そうに尋ねる。
湊は、すぐには答えられなかった。
怖かったからではない。
頭の中で、ある考えが浮かんだからだ。
あの影は、理科室で見たものと同じだった。
そして、紙に書かれていた言葉。
窓の外ではなく、窓の中を見よ。
七不思議の五つ目は、もうすぐ解けるかもしれない。
けれど、その先には、まだ誰も知らない謎が待っている。
湊は、ノートをぎゅっと握りしめた。
「……明日、窓を調べよう」
三人の調査は、少しずつ核心へ近づいていた。