放課後、怪異調査クラブ

夜の校舎に現れる白い影



 窓の中を見よ。

 昨日、図書室で見つけた紙には、そう書かれていた。

 湊は朝から、その言葉が頭から離れなかった。

 理科室で見た白い人影。誰もいない教室から聞こえた声。そして、勝手に動く図書室の本。

 どれも不思議な出来事だった。

 けれど、古い学校新聞を見つけてから、湊の考えは少しずつ変わり始めていた。

 七不思議は、単なる怖い噂ではない。

 誰かが仕掛けた謎なのかもしれない。

「湊、また考え事?」

 昼休み、ひよりが声をかけてきた。

「うん。昨日の白い影のこと」

「窓の中を見ろ、っていう言葉が気になるんでしょ?」

「そう。もし、窓に映ったものを見間違えていたんだとしたら、何が映っていたんだろう?」

 そこへ、蓮がパンを片手にやってきた。

「だったら、実際に確かめればいいじゃん」

「どうやって?」

「窓の反射を調べるんだよ。明るい場所から暗い場所を見ると、ガラスに周りの景色が映りやすいだろ?」

 蓮は得意げに説明した。

「昨日の理科室も、外が暗くて、中が明るかった。窓に何かが映っていた可能性はある」

「なるほど……」

 湊はうなずいた。

「でも、それだけじゃ、どうして人の形に見えたのかまでは分からないよ」

 ひよりの言うとおりだった。

 反射で説明できたとしても、何が映っていたのかを確かめなければならない。

「じゃあ、今日は白石先生に相談して、夕方の校舎を調べよう」

 湊が提案すると、二人は賛成した。

 六つ目の怪異。

 それは、夜の学校に現れる白い影だった。

     *

 放課後、三人は職員室へ向かった。

 白石先生に調査の目的を説明すると、先生は少し考えてから、こう言った。

「日が暮れてからの校内は危ない。君たちだけで残ることは許可できないよ」

「じゃあ、調べられないんですか?」

 湊が尋ねる。

「いや。今日は私が付き添おう。明るいうちに準備をして、暗くなり始めたら、決められた場所から観察する。それならいいだろう」

「ありがとうございます!」

 三人は顔を見合わせた。

 こうして、白石先生の付き添いのもと、夕方の校舎を調べることになった。

 最初に向かったのは理科室だった。

 昨日、湊が白い影を見た窓の前に立つ。

「まずは、窓の外を見てみよう」

 蓮が言った。

 三人は窓の外を確認した。

 校庭には遊具があり、その向こうには体育館が見える。窓のすぐそばには、背の高い木が一本立っていた。

「これだけ見ると、白い人影なんて見えないね」

 ひよりが言った。

「次は、窓に映るものを確かめよう」

 白石先生が理科室の照明を消した。

 夕方の光が差し込む室内は、少しずつ暗くなっていく。

 湊は窓ガラスをじっと見つめた。

 すると、外の景色が薄くなり、室内の机や棚がガラスに映り始めた。

「あっ……!」

 ひよりが声を上げた。

 窓ガラスの中に、白いものが映っていた。

 それは、理科室の隅に置かれた人体模型だった。

 窓に映った模型は、実際の位置とは違う場所に立っているように見える。さらに、夕方の光が重なり、頭と肩の部分だけがぼんやりと浮かび上がっていた。

 少し離れて見ると、確かに人影のようだった。

「昨日、俺が見たのは……これだったのか?」

 湊は窓と模型を交互に見た。

「可能性は高そうだね。でも、昨日と同じ条件だったかは分からない。ほかの原因も調べよう」

 ひよりは慎重だった。

 蓮も、窓の位置を確認しながら考え込んでいる。

「待てよ。昨日は模型が棚の近くにあったはずだ。今日の位置と違うなら、誰かが動かしたってことになる」

「そうだね。だから、模型が動いた理由も確かめないと」

 湊はノートに書き込んだ。

 白い影の正体は、窓ガラスに映った人体模型かもしれない。

 まだ断定はできない。

 けれど、初めて怪異の正体に近づけた気がした。

     *

 次に三人が向かったのは、旧校舎へ続く廊下だった。

 夕方の光は、もうほとんど残っていない。

 窓ガラスには、廊下の壁や扉がぼんやりと映っていた。

「ここでも何か映るのかな?」

 ひよりが窓をのぞき込む。

 その瞬間。

 カチッ。

 小さな音が、廊下の奥から聞こえた。

 三人は一斉に顔を上げた。

 続いて、誰もいない教室から声が響く。

『……こっち……』

「まただ!」

 蓮が声を上げる。

 湊は、音がした方向を見つめた。

 昨日と同じだ。

 声が聞こえる直前に、小さな音がする。

「先生、あの教室を調べてもいいですか?」

「いいよ。ただし、私も一緒に行こう」

 白石先生と三人は、声が聞こえた教室へ向かった。

 教室の扉は閉まっていた。

 先生が鍵を開け、中を確認する。

 机と椅子が並んでいるだけで、人影はない。

「やっぱり誰もいない……」

 湊は教室の中を見回した。

 壁には古い掲示板があり、その横には小さなスピーカーが取り付けられていた。

「あれ?」

 蓮がスピーカーを指さした。

「この学校、教室にこんなのあったっけ?」

「校内放送用のものだね。古い設備だから、今は使っていないはずだが……」

 白石先生は、スピーカーを見上げた。

 そのとき、またカチッと音がした。

 スピーカーから、かすかな雑音が流れる。

 そして――。

『……みなと……』

 湊の名前を呼ぶ声が響いた。

 三人は息をのんだ。

 今度は、声がスピーカーから聞こえたことがはっきり分かった。

「でも、誰が放送しているんですか?」

 ひよりが尋ねる。

「それは、まだ分からない」

 白石先生は教室の壁や設備を確認したが、放送装置を勝手に動かした形跡は見つからなかった。

 蓮はスピーカーをじっと見つめていた。

「声が出る前に、カチッて音がする。これ、スピーカーの電源が入る音なんじゃないか?」

「じゃあ、誰かが離れた場所から声を流してるってこと?」

 湊が尋ねると、蓮はうなずいた。

「たぶんな。でも、どこから流してるのかは分からない」

 ひよりは、教室の見取り図をノートに描き始めた。

「音楽室のピアノも、図書室の本も、これと同じ古い設備が関係しているのかもしれないね」

 湊は、これまでの調査を振り返った。

 音楽室の時計。

 理科室の人体模型。

 廊下のスピーカー。

 図書室の本棚。

 それぞれの場所に、古い設備や不自然な印が残されていた。

 そして、どの場所にも、丸、三角、四角の印が関係している。

「やっぱり、全部つながってるんだ」

 湊は確信し始めていた。

     *

 調査を終えた三人は、職員室へ戻った。

 白石先生は、古い学校新聞のコピーを机に広げた。

「君たちは、七つの不思議を解こうとしているんだね」

「はい。七不思議は、昔の誰かが仕掛けた謎なんだと思います」

 湊が答えると、先生は静かにうなずいた。

「その可能性はある。ただし、まだすべてが分かったわけではない。思い込みで答えを決めつけないことだ」

「分かっています」

 ひよりが答えた。

「だから、最後まで証拠を集めます」

 先生は少しだけ笑った。

「なら、ひとつだけ教えておこう。昔の学校には、今は使われていない準備室があった。そこには、学校の古い記録や設備の図面が保管されていたそうだ」

「旧準備室……!」

 蓮が声を上げる。

 古い学校新聞の見取り図に載っていた場所だ。

「今はどうなっているんですか?」

 湊が尋ねる。

「長い間、使われていない。中に何が残っているのか、私も詳しくは知らないんだ」

 先生はそう答えた。

 しかし、その声には、何かを言いかけてやめたような響きがあった。

「先生は、昔の七不思議について知っているんですよね?」

 ひよりが尋ねる。

 白石先生は、しばらく黙っていた。

「……昔、この学校で七つの手がかりを探した人たちがいた。それだけは確かだよ」

「それって、誰なんですか?」

「それを知るには、最後の手がかりを見つける必要がある」

 先生は、古い学校新聞を三人に渡した。

「明日は、もう一度図書室を調べてみなさい。七つの不思議のうち、まだ見つけていないものがあるはずだ」

     *

 翌日の放課後。

 三人は図書室で『怪異調査記録』を開いていた。

 これまでに調べたのは、音楽室、理科室、旧校舎の教室、そして図書室。

 残る怪異は、あと一つ。

 夜の校舎に現れる白い影については、窓ガラスの反射や古い放送設備が関係している可能性が高まった。

 だが、誰が仕掛けたのか。

 何のために、こんなことをしているのか。

 その答えは、まだ分からない。

「ねえ、これ見て」

 ひよりが、記録帳の最後のページを指さした。

 そこには、これまでのページにはなかった小さな文字が書かれていた。

『七つ目の怪異は、人ではない。
 けれど、人の姿をしている。
 そいつは、ずっと学校を見守っている』

「人じゃないのに、人の姿……?」

 湊は眉をひそめた。

「これって、どういう意味だろう?」

 蓮は腕を組んで考えた。

「人形とか、模型とか……そういうものじゃないか?」

 その言葉に、湊ははっとした。

 理科室の人体模型。

 窓に映った白い影。

 そして、記録帳に書かれた「人ではない」という言葉。

「もしかして、七つ目の怪異は……」

 湊が言いかけたとき、図書室の扉が開いた。

 そこに立っていたのは、白石先生だった。

「君たちに、見せたいものがある」

 先生は、古びた封筒を手にしていた。

 封筒の表には、見覚えのある三つの印が並んでいる。

 丸。

 三角。

 四角。

 その下には、かすれた文字で、こう書かれていた。

『怪異調査クラブへ』

 三人は、顔を見合わせた。

 まだ誰にも話していないはずの、自分たちのクラブの名前。

 どうして、こんな古い封筒に書かれているのだろう。

 白石先生は、静かに封筒を机の上へ置いた。

「これが、最後の手がかりになるかもしれない」

 湊は、そっと封筒に手を伸ばした。

 七つの不思議をつなぐ謎。

 その答えは、いよいよ目の前まで迫っていた。
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