放課後、怪異調査クラブ

七つの怪異が導く真実



 『怪異調査クラブへ』

 古びた封筒には、確かにそう書かれていた。

 丸、三角、四角の三つの印。

 そして、自分たちが結成したばかりのクラブの名前。

 湊は、封筒を見つめたまま動けなかった。

「先生……これ、いったい何なんですか?」

 ようやく口を開くと、白石先生は静かに答えた。

「この封筒は、旧準備室の整理をしていたときに見つかったものだ。中身を確認しようと思っていたが、君たちが七不思議を調べていると聞いて、渡すことにした」

「でも、どうしてクラブの名前が書いてあるんですか? 私たち、つい最近結成したばかりなのに」

 ひよりが不思議そうに尋ねる。

「それは、私にも分からない」

 先生は首を横に振った。

「ただ、この封筒が残されていた場所には、古い学校の記録が保管されていた。七つの手がかりと関係がある可能性は高い」

 蓮が、そっと封筒を手に取った。

「開けてみてもいいですか?」

「もちろん。ただし、中身を傷つけないようにな」

 蓮は慎重に封を開いた。

 中から出てきたのは、折りたたまれた一枚の紙と、小さな古い写真だった。

 写真には、今よりずっと新しく見える校舎が写っていた。

 その前に、数人の子どもたちが並んでいる。

 写真の裏には、日付と短い文章が書かれていた。

『創立七十周年記念。七つの手がかりを、次の世代へ』

「次の世代……?」

 湊は写真をじっと見つめた。

「じゃあ、昔の子どもたちが、この謎を作ったってこと?」

「たぶんね」

 ひよりは写真を裏返し、もう一度日付を確認した。

「今から十年前だ。私たちが生まれる前くらいかな」

「じゃあ、この子たちは、どうして謎を残したんだろう?」

 湊の疑問に、白石先生は答えなかった。

 代わりに、封筒に入っていた紙を広げるよう促した。

 そこには、校内の見取り図と、七つの場所を示す印が描かれていた。

 音楽室。

 理科室。

 旧校舎の廊下。

 図書室。

 そして、まだ調べていない場所。

 最後に、すべての線が一本の場所へ集まっていた。

旧準備室。

「やっぱり、ここだ……!」

 湊は思わず声を上げた。

 七つの怪異は、それぞれ別々の場所で起きているように見えた。

 しかし、その場所を地図の上で結ぶと、旧準備室へつながる仕組みになっていたのだ。

「行こう。最後の謎を解きに」

 蓮が言った。

 ひよりも、力強くうなずいた。

     *

 旧準備室は、旧校舎の廊下の奥にあった。

 普段は使われていないため、扉には古い鍵がかかっていた。

 白石先生が鍵を開けると、ぎい、と小さな音を立てて扉が動いた。

 室内には、古い机や棚、段ボール箱が並んでいた。

 窓には薄いカーテンがかかり、夕方の光が差し込んでいる。

「ここが、最後の場所……」

 ひよりがつぶやいた。

 湊は、持ってきた見取り図を広げた。

「丸が始まり、三角が道しるべ、四角が終着点。音楽室の四角、廊下の三角。それから……」

「理科室にも、印があるかもしれないな」

 蓮が言った。

 三人は、これまで調べた場所の記録を確認した。

 音楽室では、時計の近くに四角い印があった。

 旧校舎の窓には、三角の印が刻まれていた。

 そして、理科室では、人体模型の台座の側面に、薄く丸い印が残っていたことを思い出した。

「丸が始まり、三角が道しるべ、四角が終着点……」

 ひよりは、見取り図に三つの印を書き込んだ。

 すると、あることに気づいた。

「待って。印の順番に線を引くと、旧準備室だけじゃなくて、途中にもう一つ場所があるよ」

「どこだ?」

 湊がのぞき込む。

「ここ。階段の踊り場」

 図面には、階段の途中に小さな印が描かれていた。

「そういえば、七不思議の一つに、階段の段数が変わるっていう噂があったよな」

 蓮が言った。

「まだ、ちゃんと調べていなかった……!」

 湊は、記録帳を開いた。

 七つの不思議。

 そのうち、階段の怪異については、ほとんど手つかずだった。

「でも、今から調べる時間はないよ。もうすぐ下校時刻だし」

 ひよりが時計を見た。

 白石先生は、三人の様子を見守っていた。

「焦る必要はない。手がかりは逃げないからな」

 そう言って、先生は旧準備室の奥にある棚を指さした。

「ただ、ここに何か残されている可能性はある。許可した範囲で、よく調べてみるといい」

 三人は棚を調べ始めた。

 古いファイル、学校行事の記録、壊れた時計。

 どれも、長い間使われていないものばかりだった。

 そして、棚の一番下。

 そこに、鍵のかかった小さな木箱が置かれていた。

「これ、何だろう?」

 湊が箱を持ち上げる。

 蓋には、丸、三角、四角の印が刻まれていた。

「これが最後の謎か?」

 蓮が箱を調べる。

 鍵穴はあるが、鍵は見当たらない。

 無理に開けるわけにもいかず、三人は困り果てた。

 そのとき、ひよりが箱の側面を指さした。

「ねえ、ここ。何か書いてあるよ」

 そこには、小さな文字が刻まれていた。

『七つの怪異を恐れるな。まずは、その仕組みを考えよ』

 湊は、はっとした。

 これまでの調査を思い返す。

 音楽室のピアノ。

 理科室の人体模型。

 誰もいない教室から聞こえた声。

 図書室で動く本。

 夜の校舎に現れる白い影。

 どれも不思議だったが、少しずつ仕組みが見えてきていた。

「そうか……。怖がっているだけじゃ、謎は解けないんだ」

 湊は、箱の印を見つめた。

 丸、三角、四角。

 その順番に、指でなぞってみる。

 すると、箱の側面にある三つの小さな部品が、わずかに動いた。

「今、動いたぞ!」

 蓮が声を上げる。

「待って。これ、押す順番があるんじゃない?」

 ひよりは、見取り図を確認した。

 丸は始まり。

 三角は道しるべ。

 四角は終着点。

「丸、三角、四角の順番だよ!」

 湊が、三つの部品をその順番で押した。

 カチリ。

 小さな音がして、箱の鍵が外れた。

 三人は息をのんだ。

 箱の中には、古いノートと、一枚の手紙が入っていた。

     *

 手紙の書き出しには、こう書かれていた。

『この学校の七不思議を調べている君たちへ』

 湊は、ゆっくりと読み進めた。

『私たちは十年前、創立七十周年の記念行事として、学校に七つの謎を残しました。

 音楽室のピアノ。

 理科室の人体模型。

 階段の段数。

 誰もいない教室から聞こえる声。

 図書室の本。

 夜の校舎に現れる影。

 そして、最後の謎。

 どれも、ただ怖がらせるために作ったものではありません。

 学校の古い設備や、光と音の仕組みを使って、謎を作ったのです。

 けれど、すべての仕掛けを説明する前に、私たちは卒業してしまいました。

 いつか、この謎を解いてくれる人が現れることを願っています。

 謎を解くことは、見えないものを信じないことではありません。

 目の前で起きたことをよく見て、考えて、確かめることです。

 それが、私たちが伝えたかったことです』

 手紙は、そこで終わっていた。

 湊は、しばらく何も言えなかった。

「十年前の子どもたちが、これを作ったんだね……」

 ひよりが、そっと手紙を置いた。

「じゃあ、七不思議は全部、人間が作った仕掛けだったんだ」

 蓮はうなずいた。

「そういうことだな。でも、仕掛けの正体は、まだ全部分かってないぞ」

「うん。特に階段の謎は、まだ調べていないし」

 湊はノートを閉じた。

 手紙には、七つの怪異の仕組みが詳しく書かれているわけではなかった。

 つまり、最後の謎を解くためには、まだ自分たちで調べなければならないのだ。

 そのとき、白石先生が静かに口を開いた。

「実は、私も十年前、この学校に通っていたんだ」

 三人は驚いて先生を見た。

「えっ!? 先生も、この謎を知っていたんですか?」

「いや。私が知っていたのは、七つの手がかりが残されているということだけだ。詳しい仕掛けまでは知らなかった」

 先生は、懐かしそうに木箱を見つめた。

「ただ、当時の卒業生たちが、学校に何かを残したがっていたことは覚えているよ」

「どうして、先生は最初から教えてくれなかったんですか?」

 湊が尋ねると、先生は少しだけ笑った。

「答えを先に教えてしまったら、君たちが自分で考える機会を奪ってしまうだろう?」

 湊は、思わず笑った。

「それもそうですね」

     *

 翌日。

 三人は、最後に残った階段の怪異を調べることにした。

 噂によると、旧校舎の階段は、上るときと下りるときで段数が違うらしい。

 湊は、階段の一番下に立った。

「よし。今度こそ、ちゃんと数えよう」

「途中で数え間違えないでよ」

 ひよりが念を押す。

「分かってるって!」

 蓮が先に階段を上り、湊が一段ずつ数えていく。

 一段、二段、三段。

 踊り場まで来たところで、蓮が立ち止まった。

「ここ、何段目だ?」

「十二段目」

 湊が答える。

 ひよりも、ノートに数字を書き込んでいた。

 三人は階段を上りきり、今度は下りてみた。

 けれど、何度数えても段数は同じだった。

「……普通だな」

 蓮が拍子抜けしたように言った。

「じゃあ、どうして段数が変わるなんて噂があるんだろう?」

 湊は、階段の踊り場を見回した。

 そのとき、壁の端に、小さな丸い印があることに気づいた。

「これ……!」

 ひよりが近づいて確認する。

 印のすぐ下には、古い掲示板が取り付けられていた。

 掲示板の裏側から、紙の端が少しだけのぞいている。

 三人は白石先生に許可をもらい、掲示板を外して確認した。

 そこに挟まっていたのは、小さな紙片だった。

 紙片には、こう書かれていた。

『段数を数えるな。踊り場の窓から、校庭を見よ』

「段数じゃなくて、窓?」

 湊は窓の外を見た。

 校庭の向こうには、古い時計台が見える。

 その時計台の下に、小さな建物があった。

 見覚えのある場所だ。

 古い学校新聞の見取り図に描かれていた、旧準備室の裏側だった。

「もしかして、最後の手がかりは、あそこにあるのか……?」

 湊は、ひよりと蓮を振り返った。

 三人は、同じことを考えていた。

 七つの怪異は、ようやく一つの場所へつながろうとしている。

 けれど、旧準備室の謎は、まだすべて解けていない。

 手紙に書かれていた、最後の謎。

 そして、白石先生がまだ話していないこと。

 湊は、ノートを開いた。

 最後のページには、丸、三角、四角の印が並んでいる。

 その下に、三人は新しく書き加えた。

『七つの怪異の正体を、すべて確かめる』

「明日、もう一度、旧準備室を調べよう」

 湊が言うと、ひよりと蓮は力強くうなずいた。

 七つの怪異をめぐる謎解きは、いよいよ最後の一歩を迎えようとしていた。
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