放課後、怪異調査クラブ

旧準備室に眠る最後の記録



 翌日の放課後。

 朝倉湊、水瀬ひより、黒田蓮の三人は、旧校舎へ続く廊下に集まっていた。

 昨日、階段の踊り場で見つけた紙片。

 そこには、こう書かれていた。

『段数を数えるな。踊り場の窓から、校庭を見よ』

 窓から見えたのは、旧準備室の裏側にある小さな建物だった。

「なあ、あの建物って何なんだ?」

 蓮が校庭の向こうを指さした。

「学校の見取り図には載ってたけど、今まで気にしたことなかったな」

「昔の倉庫じゃないかな。ほら、壁に学校の備品を運び込むための扉があるみたい」

 ひよりが、持ってきた見取り図と実際の建物を見比べた。

「でも、どうして階段の紙片に、あの建物のことが書かれていたんだろう?」

 湊は腕を組んだ。

 七不思議の一つである階段の怪異。

 何度数えても、段数は変わらなかった。

 それなら、段数そのものではなく、階段から見える景色に意味があるのかもしれない。

「よし。まずは白石先生に相談しよう」

 三人は職員室へ向かった。

     *

「その建物を調べたいのか?」

 白石先生は、見取り図を確認しながら尋ねた。

「はい。階段の怪異に関係する手がかりが、そこにつながっているみたいなんです」

 湊が答えると、先生はしばらく考え込んだ。

「分かった。あそこは昔、学校行事で使う道具を保管していた倉庫だ。今はほとんど使っていないが、管理用の鍵はある」

「じゃあ、何か残っているかもしれないんですね!」

 蓮が身を乗り出す。

「ただし、勝手に物を動かしたり、危険な場所に入ったりしないこと。私も一緒に行こう」

 三人は先生に案内され、校庭の端にある建物へ向かった。

 近くで見ると、思っていたよりも小さな建物だった。

 壁には古い塗装の跡が残り、扉の金具も少し錆びている。

 白石先生が鍵を開けると、扉がゆっくりと開いた。

 中には、古い運動会の道具や、壊れた掲示板、使われなくなった机などが置かれていた。

「うわあ……。昔の学校って感じだな」

 蓮が周囲を見回す。

「でも、これだけじゃ何も分からないね」

 ひよりは、入口から見える範囲を慎重に確認した。

 湊も、手がかりになりそうなものを探した。

 古い箱。

 色褪せたポスター。

 使われなくなった時計。

 どれも、長い間ここに置かれていたようだった。

 そして、倉庫の奥。

 壁に立てかけられた大きな板の陰に、一枚の紙が落ちていた。

「あれ?」

 湊は先生に確認してから、紙を拾い上げた。

 紙は古く、端が少し破れていた。

 そこには、校舎の簡単な見取り図が描かれていた。

 音楽室。

 理科室。

 図書室。

 旧校舎の廊下。

 階段。

 そして、旧準備室。

 それぞれの場所が線で結ばれ、最後に一つの場所へ集まっていた。

 その場所には、小さな丸印が描かれていた。

「これ……。最初に見つけた記録帳と同じ印だ」

 湊は、紙を見つめた。

「丸は始まり、三角は道しるべ、四角は終着点……だったよね」

 ひよりがノートを開く。

「でも、この見取り図には丸しかない。どういう意味なんだろう?」

 蓮は、図面の端に書かれた文字を読んだ。

「『始まりの場所へ戻れ』……だってさ」

 三人は顔を見合わせた。

「始まりの場所って、どこだ?」

 湊は考えた。

 怪異調査クラブを結成した場所?

 最初に記録帳を見つけた図書室?

 それとも、もっと別の場所なのだろうか。

 そのとき、白石先生が静かに口を開いた。

「この印には、もう一つ意味があるのかもしれないな」

「先生、何か知ってるんですか?」

 ひよりが尋ねる。

 先生は、見取り図の丸印を指で示した。

「昔の校舎には、建物の位置を示すための基準点があった。建物を増築したり、設備を設置したりするとき、その点を基準にして位置を決めるんだ」

「じゃあ、この丸印も……?」

「可能性はある。ただ、どこが基準点だったのかは、古い図面を確認しないと分からない」

 湊は、図面をもう一度見つめた。

 七つの怪異は、ただの仕掛けではない。

 学校の設備や建物の配置そのものが、謎解きの一部になっているのだ。

     *

 倉庫を調べ終えた三人は、図書室へ戻った。

 古い学校新聞と、怪異調査記録、そして倉庫で見つけた見取り図。

 三つの資料を机に並べる。

「今までの怪異を整理してみよう」

 ひよりがノートに書き始めた。

「音楽室のピアノ。理科室の人体模型。階段の段数。誰もいない教室から聞こえる声。図書室の本。夜の校舎の影。そして、最後の謎」

「七つ目は、人ではないのに人の姿をしているもの、だったな」

 蓮が記録帳を指さした。

「人体模型のことじゃないのか?」

「でも、人体模型は二番目の怪異として出てきたよ。七つ目が同じものとは限らない」

 ひよりが答えた。

 湊は、ノートに描かれた三つの印を見つめた。

 丸。

 三角。

 四角。

 その下には、七つの場所の名前が書かれている。

「もしかして、この印は、怪異の順番じゃなくて、調べる場所の順番を表しているんじゃないかな」

「どういうこと?」

 蓮が尋ねる。

「例えば、丸の場所で最初の手がかりを見つける。次に三角の場所へ行く。最後に四角の場所へ行く。そうやって、学校の中をたどっていくんだ」

 ひよりは、見取り図を見ながらうなずいた。

「確かに、それなら七つの場所が線で結ばれている理由も説明できるね」

「でも、まだ順番が分からないんだよな……」

 蓮が頭をかいた。

 そのとき、ひよりが古い新聞の端を指さした。

「待って。この写真、見て」

 そこには、創立七十周年の記念行事で撮影された写真が載っていた。

 校舎の前に並ぶ子どもたち。

 その一番端に、三つの印が描かれた看板が置かれていた。

 丸、三角、四角。

 そして、その看板の下に、小さな文字があった。

『第一地点・第二地点・第三地点』

「地点……?」

 湊は写真を拡大するように、顔を近づけた。

「これ、もしかしたら、学校のどこかに三つの地点があるってことじゃないか?」

「じゃあ、今まで見つけた印を探せばいいんだね!」

 ひよりが明るい声を上げた。

 三人は、これまでに撮った写真やノートを確認した。

 四角は音楽室。

 三角は旧校舎の窓。

 丸は理科室の人体模型の台座。

 けれど、印の順番と見取り図の位置が、どうしても合わなかった。

「……何か見落としてる」

 湊は、机に広げた資料を見つめた。

 そのとき、図書室の時計が四時を告げた。

 カチ、カチ、カチ。

 時計の針が動く音が、静かな図書室に響く。

 湊は、ふと音楽室での出来事を思い出した。

 音楽室の時計を、よく見ろ。

 第一話の最後に見つけた紙片。

 あの言葉の意味を、まだ完全には解いていなかった。

「なあ、みんな。音楽室の時計、もう一度調べてみないか?」

 湊が言うと、蓮はすぐに立ち上がった。

「いいね! 最初の手がかりを見落としてたのかもしれない」

 ひよりもノートを閉じた。

「今度は時計そのものだけじゃなく、周りも確認しよう」

 三人は図書室を出て、音楽室へ向かった。

     *

 音楽室に着くと、夕方の光が窓から差し込んでいた。

 壁には、大きな時計が掛かっている。

 湊は、時計の針を確認した。

 四時を少し過ぎている。

「時計自体は、普通に動いてるね」

 ひよりが言った。

「でも、あのときはピアノが勝手に鳴ったんだよな」

 蓮は、ピアノの周りを見回した。

 湊は時計の下へ近づいた。

 そして、時計の枠の端に、小さな傷があることに気づいた。

「これ、前からあったかな?」

 ひよりが近づいて、目を細めた。

 傷のように見えたものは、実は小さな三角形の印だった。

「三角……。でも、旧校舎の窓にあった印と同じだね」

「ということは、印がある場所は一つじゃないのか?」

 蓮が首をかしげた。

 湊は、時計の周囲をもう一度確認した。

 すると、時計のすぐ下の壁に、薄い線が残っていることに気づいた。

 線は、壁の端から床の方へと続いている。

 よく見ると、その線の先には、床板の継ぎ目があった。

「ここ、何かあるのかな……」

 湊がしゃがみ込んだ、そのとき。

 音楽室の扉の向こうから、足音が聞こえた。

 コツ、コツ、コツ。

 三人は顔を上げた。

 扉の小窓には、誰かの影が映っている。

「先生かな?」

 ひよりが小声で言った。

 けれど、影は扉の前で止まったまま、動かなかった。

 そして、扉の向こうから声がした。

「そこを調べるのは、まだ早い」

 聞き覚えのない声だった。

 湊の背筋が、ひやりとした。

「……誰ですか?」

 返事はない。

 蓮がそっと扉に近づき、小窓から廊下をのぞいた。

 廊下には、誰もいなかった。

 ただ、床に一枚の紙が落ちている。

 湊が拾い上げると、そこには、見慣れた三つの印が描かれていた。

 丸。

 三角。

 四角。

 そして、その下には、短い言葉が書かれていた。

『最後の怪異は、君たちのすぐそばにいる』

 三人は、同時に顔を見合わせた。

 七不思議の最後の謎。

 それは、旧準備室の中に隠されているとは限らない。

 もしかすると、ずっと自分たちの近くにいた誰かが、すべての謎を見守っているのかもしれない。

 湊は、扉の向こうの静かな廊下を見つめた。

 怪異調査クラブの調査は、ついに最後の謎へと近づいていた。
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