放課後、怪異調査クラブ
七番目の怪異の正体
『最後の怪異は、君たちのすぐそばにいる』
紙に書かれた言葉を、湊は何度も読み返していた。
音楽室の扉の前に落ちていた、謎のメッセージ。
いったい誰が、いつ置いたのだろう。
「ねえ、これってどういう意味だと思う?」
ひよりが尋ねた。
「最後の怪異が、俺たちの近くにいるってことだろ?」
蓮は腕を組んだ。
「でも、学校にいる人ってことなのかな。それとも、もっと別の意味?」
「分からない。でも、今までの怪異と同じように、何か仕掛けがあるはずだ」
湊はそう答えたものの、心の中では別の疑問が膨らんでいた。
どうして、誰かが自分たちの調査を見ているのだろう。
音楽室でも、図書室でも、まるで三人の行動を知っているかのように、手がかりが現れていた。
偶然にしては、できすぎている。
「とりあえず、白石先生に相談しよう」
ひよりの提案に、二人はうなずいた。
*
職員室へ向かうと、白石先生は机で書類を整理していた。
「先生。これを見てください」
湊が紙を差し出す。
先生は三つの印と文章を確認すると、わずかに眉を動かした。
「……これを、どこで見つけたんだ?」
「音楽室の扉の前です。誰かが置いたみたいなんです」
「そうか」
先生は紙を机に置いた。
「先生、この学校の七不思議を調べていた人って、十年前の卒業生だけなんですか?」
ひよりが尋ねた。
「少なくとも、私が知っているのはその人たちだ」
「じゃあ、今も誰かが謎を続けている可能性は?」
蓮が続ける。
白石先生は、すぐには答えなかった。
やがて、静かに口を開いた。
「可能性はある。だが、手がかりだけで誰かを疑うのはよくない。まずは、何が起きたのかを確かめることだ」
「……はい」
湊はうなずいた。
先生の言うとおりだ。
怖いからといって、誰かを犯人だと決めつけるわけにはいかない。
「それと、もう一つ聞きたいことがあります」
湊は、ノートを開いた。
「昔の学校新聞に載っていた七つの手がかりについてです。あの印は、どうして丸、三角、四角の三種類なんでしょう?」
白石先生は、ノートをのぞき込んだ。
「それについては、昔の校内設備の図面に何か記録が残っているかもしれない。学校の資料室に、古い図面が保管されているはずだ」
「資料室!」
蓮が声を上げた。
「そこを調べれば、仕掛けの正体が分かるかもしれないってことですね!」
「許可は取っておく。明日、私が案内しよう」
三人は顔を見合わせた。
ようやく、謎の核心に近づけそうだった。
*
翌日の放課後。
白石先生に案内され、三人は職員室の奥にある資料室へ入った。
部屋には、古い学校新聞や行事の記録、校舎の図面などが整理されていた。
普段は使われない部屋のため、棚には長い年月を感じさせる資料が並んでいる。
「必要な資料を探してみなさい。ただし、持ち出すときは必ず私に確認すること」
先生が言うと、三人はさっそく調査を始めた。
湊は、校舎の見取り図が入ったファイルを取り出した。
ひよりは、創立七十周年の記念行事に関する記録を探す。
蓮は、古い設備の一覧表を確認していた。
「おい、二人とも! これ、見てみろよ!」
しばらくして、蓮が一枚の図面を持ってきた。
そこには、現在の校舎とは少し違う配置が描かれていた。
「昔の校舎の図面だ。音楽室も理科室も、今とは少し位置が違う」
「増築したときに、教室の場所が変わったのかな?」
ひよりが尋ねる。
「たぶんな。ほら、ここ」
蓮が指さしたのは、旧準備室の近くに描かれた細い通路だった。
「この通路、今の見取り図にはないぞ」
湊は二つの図面を見比べた。
確かに、昔の図面には、音楽室から旧準備室へ向かう細い通路が描かれている。
しかし、現在の図面では、その通路は壁で塞がれていた。
「もしかして、七不思議の仕掛けは、この通路を使っていたんじゃないかな?」
湊が言うと、ひよりはうなずいた。
「音楽室のピアノの音も、誰もいない教室の声も、離れた場所から伝えることができたのかもしれない」
「図書室の本が動いたのも、棚の裏側に何か仕掛けがあったとか?」
蓮も考えを巡らせる。
三人は、これまでの怪異を一つずつ書き出した。
ピアノの音。
人体模型の影。
階段の段数。
教室から聞こえる声。
図書室の本。
夜の校舎の影。
そして、最後の怪異。
その横に、分かったことと、まだ分からないことを書き込んでいく。
すると、ひよりがあることに気づいた。
「ねえ。どの怪異にも、誰かが仕掛けを動かしたり、場所を移動したりする必要があるんじゃない?」
「そうだな。音を鳴らすにしても、本を動かすにしても、何かの仕組みが必要だ」
蓮が答えた。
「でも、十年前に作られた仕掛けなら、今まで誰が動かしていたんだろう?」
湊は、図面から目を離した。
十年前の卒業生が残した謎。
けれど、仕掛けが今も動いているなら、誰かが管理しているのだろうか。
それとも、設備が偶然動いただけなのか。
まだ、答えは出なかった。
*
資料室の奥で、ひよりが一冊の古い記録帳を見つけた。
「これ、創立七十周年の準備記録みたい」
表紙には、かすれた文字で『記念行事・準備委員会』と書かれていた。
先生に確認してから、三人は慎重にページを開いた。
中には、記念行事の予定や、校内の装飾についての記録が残されていた。
そして、最後の方のページに、こんな記述があった。
『校内探検企画について。
参加者が校内を巡りながら、各地点に隠された手がかりを集める形式とする。
安全上の理由から、使用する設備は事前に確認し、危険な仕掛けは設置しないこと。
最後の地点は旧準備室とする』
「やっぱり、学校を使った謎解き企画だったんだ!」
湊が声を上げた。
「でも、どうして七不思議として伝わるようになったんだろう?」
ひよりは、さらにページをめくった。
そこには、企画を考えた児童たちの名前が並んでいた。
しかし、最後の一人の名前だけ、紙が破れていて読めなかった。
「この人が、最後の謎を作った人なのかな?」
蓮が尋ねた。
「分からない。でも、この人の名前が分かれば、何か手がかりになるかもしれない」
湊は、破れたページをじっと見つめた。
そのとき、資料室の扉の外から、足音が聞こえた。
コツ、コツ、コツ。
三人が振り返る。
扉の向こうに、人影が立っていた。
「……誰ですか?」
湊が声をかける。
返事はなかった。
しばらくすると、足音は遠ざかっていった。
「今の、誰だったんだろう?」
ひよりが不安そうにつぶやいた。
「先生じゃないのか?」
蓮が振り返ると、白石先生は資料室の反対側で別の書類を確認していた。
「先生、今、誰か通りましたか?」
湊が尋ねる。
先生は顔を上げた。
「いや。どうかしたのか?」
三人は顔を見合わせた。
まさか、また怪異なのだろうか。
けれど、湊は首を横に振った。
「……まだ、決めつけるのは早いですね」
そう言って、記録帳を閉じた。
*
調査を終えた三人は、教室へ戻る前に、もう一度古い記録帳を確認した。
最後のページには、破れた名前の下に、短い文章が残っていた。
『七つの謎を解く者が現れたとき、最後の記録を渡すこと』
「最後の記録……?」
ひよりがつぶやいた。
「でも、どこにあるんだ?」
蓮がページを裏返す。
すると、紙の端に小さな文字があることに気づいた。
『記録は、七番目の場所に眠る』
湊は、ゆっくりと顔を上げた。
七番目の場所。
旧準備室のことだろうか。
それとも、まだ調べていない場所があるのだろうか。
「……もう一度、見取り図を確認しよう」
湊はノートを取り出した。
七つの怪異を示す場所を、順番に書き込んでいく。
音楽室。
理科室。
階段。
旧校舎の教室。
図書室。
夜の校舎。
そして、最後の場所。
そのとき、ひよりが静かに言った。
「ねえ。私たち、ずっと怪異が起きた場所ばかり調べてきたよね」
「そうだけど?」
蓮が答える。
「でも、記録帳には『七番目の場所』って書いてある。怪異が起きた場所じゃなくて、最後の手がかりが置かれた場所を指しているのかもしれない」
湊は、はっとした。
七つの怪異を調べることが、謎解きのすべてではない。
その先に、最後の記録がある。
そして、その記録を手に入れたとき、十年前の子どもたちが残した謎の全貌が分かるのかもしれない。
「よし。次は旧準備室を、もう一度きちんと調べよう」
湊が言った。
蓮とひよりも、力強くうなずいた。
そのとき、三人の背後で、資料室の扉が小さく鳴った。
振り返っても、誰もいない。
ただ、扉の隙間から、一枚の紙が滑り込んでいた。
湊が拾い上げる。
紙には、見覚えのある三つの印が描かれていた。
丸。
三角。
四角。
その下には、こう書かれていた。
『答えを知りたければ、七番目の場所で待て』
湊は紙を握りしめた。
誰かが、確かに自分たちを導いている。
その人物は、いったい誰なのか。
そして、七番目の場所で待っているものとは――。
怪異調査クラブの三人は、ついに最後の謎へと向かうことになった。