「幼なじみは特別だ」と婚約者が言うので、わたくしも幼なじみと結婚します――ずっと隣にいた公爵様が、もう遠慮してくれません
第17話 夫婦になっても、勝負です
ミレイユは、朝のオーウェンがなかなか起きないことを、結婚してから知った。
仕事に遅れることはない。使用人が来る時間には身支度も済んでいる。ただ、目が覚めてから寝台を出るまでの間が、彼女の想像より長かった。
今朝も、彼女が身を起こそうとすると、腰に回っていた腕が引いた。
「もう起きるのか」
「起きます。九月の朝は寒いのですもの」
「では、ここにいたほうがいい」
もっともらしく言う声が、まだ低くかすれている。ミレイユはその声を聞きたくて、わざと振り返った。
「あなたは今日、お出かけでしょう」
「朝食のあとだ」
「その朝食を食べるために、起きるのよ」
彼は返事をしなかった。彼女の肩へ額を寄せ、もう少し、と呟く。
結婚して三週間。王都から別邸へ移ってきて、初めて一週間以上を続けて二人で過ごしていた。毎日が休暇ではない。彼には領内の用事があり、彼女にも手紙や訪問の予定がある。それでも朝にこんなふうに引き留められると、今日も一緒に暮らすのだと、寝起きの頭で嬉しくなった。
「では、わたくしが先にお支度をしている間、あなたは眠っていらして」
「それでは君がいない」
「眠りたいのではないの?」
「君といたい」
はっきり言われると、今度は彼女が動けなくなる。彼の腕に手を重ね、少しだけ横になり直した。
窓の隙間から光が入っていた。彼がその光を避けるように顔を寄せてくるので、ミレイユは指で彼の顎を持ち上げた。
「おはようの口づけが、まだでしたわね」
「それは、俺に用事があると思っていいか」
「早くしないと、わたくしの気が変わるわ」
彼はすぐに応じた。口づけが一つで終わらなかったので、朝食へ下りたのは、結局二人同時になった。
オーウェンが馬で出かけたあと、ミレイユも外出着に着替えた。
今日は川向こうの小さな市へ行く。夏に来たときは通り過ぎただけだったが、別邸の女中が、秋の市には手織りの布がたくさん出ると教えてくれたのだ。ドリスも針入れを新しくしたいと言っていた。
馬車は橋を渡り、家々の並ぶ通りの手前で止まった。
ミレイユは降りると、最初に焼き菓子の匂いに足を向けた。母への手紙には布を見に行くと書いたのに、布屋へ着く前に二つも買い物をしてしまう。
「お土産用に包んでいただけば、よろしいでしょうか」
ドリスが笑いを含んだ声で尋ねる。
「一つはね。もう一つは今、いただきたいわ」
売り手から温かい紙包みを受け取った。まだ客の少ない朝の通りで、歩きながら半分に割る。ドリスへ差し出すと、侍女は一度辺りを見てから受け取った。
「わたくしまで、奥様に似てまいります」
「困ることかしら」
「包みが一つ余計に必要になります」
二人で笑い、店先を回った。
布の店は、通りの奥にあった。天幕の下へ吊るされた織物が風に揺れている。ミレイユが鮮やかな縞模様を手に取ると、年配の店主がすぐに端を広げて見せてくれた。
「丈夫です。椅子にも、長持ちいたしますよ」
赤に近い茶と、明るい金茶の細い縞。王都の寝室へ置けば派手すぎるだろうが、別邸の朝食室ならよく似合いそうだった。曇りの日でも窓辺が明るく見える。
ミレイユは布の端を指に巻いて、必要な幅を考えた。
昨夜、オーウェンが椅子の張り替えの話をしていた。彼が好んだのは無地の深い青だ。色見本を見ながら話していただけで、まだ決めてはいない。
「お取り置きもできます」
店主に言われ、彼女は布を畳み直した。
「少しだけ、いただいてもよいかしら。夫にも見せたいの」
「ああ、端切れなら」
店主ははさみを出し、細い一片を切り分けた。ミレイユはそれを買った針入れと一緒にしまった。
隣の店では素焼きの皿が売られていた。器用な縁取りではないが、一枚だけ、片方の縁が少し上を向いているのが可愛らしい。彼女がそれを持ち上げると、売り手の女性は難のある品だと言った。
「花を浮かべたら、素敵だと思うわ」
そう返すと、女性は同じ形の皿をいくつか奥から出した。ミレイユは最初の一枚を選んだ。花を浮かべてどこへ置くか考えながら包んでもらうのが、楽しかった。
帰りには、布の色をもう一度見たくなった。
ドリスと二人で道を戻ると、布屋の前には別の客がいた。店主は彼女を見るなり、一反を指さした。
「こちらは明日の夕方まで取っておきます。ご主人に、よく見ていただいて」
「ありがとうございます。では明日、お返事に来るわ」
「誰かをお寄越しくだされば」
「わたくし、もう一度、見たいものがあるの」
店主は笑って頷いた。彼女は帰りの馬車の中で、買った皿の包みを膝に載せた。
今日見たことを、オーウェンへ話したい。あの曲がった皿を見て、彼がどんな顔をするかも知りたかった。
夫が戻ったのは、午後遅くになってからだった。
ミレイユは庭の端で、庭師に秋の花の名前を教わっていた。馬の足音に顔を上げると、オーウェンが彼女に気づいて手を上げた。玄関へ入る前に寄ってきた彼の外套には、土の乾いた跡がついていた。
「お帰りなさい。お疲れになった?」
「話し合いが長引いた。二人とも、譲る気がなくてね」
「二人?」
「水路の使い方だ。自分の畑のほうへ先に流したい。どちらも困っているから、簡単には終わらない」
彼は庭師へ挨拶してから、彼女へ腕を差し出した。ミレイユはそこへ手を添え、玄関までの短い道をゆっくり歩いた。
「それで、どうなったの?」
「順番を変えず、上流の詰まりを先に直すことにした。明日、作業する」
「今日はご自分で運ばなかったのね」
婚礼の飾りの話を思い出して言うと、彼が苦笑した。
「俺がやるより早い人間に頼んだ」
「では、お昼ご飯は?」
「食べたよ」
「何を?」
彼が黙ったので、ミレイユは足を止めた。
「食べたと言うのは、少し食べたという意味でしたのね」
「パンを。十分あった」
「帰ったらお腹が空くでしょうと思って、お菓子を買ってあるわ」
「君は?」
「わたくしも、いただきます」
彼が笑い、彼女の手を腕から外して握り直した。
午後の光の残る小さな居間で、彼は買ってきた焼き菓子を二つ食べた。ミレイユが市の話をしている間、彼の口元には少しずつ余裕が戻ってきた。
素焼きの皿にはもう花が浮かべてある。彼はそれを見ると、そっと手に取った。
「船を載せるのかと思った」
「小さすぎますわ。船がはみ出してしまう」
「いや、飾るのに」
「そんなことをしたら、今日買った花の場所がなくなるわ」
「では花の皿だな」
すぐに納得した顔がおかしかった。ミレイユは布の端切れを取り出し、彼の膝の上へ広げた。
「こちらが、今日の相談です」
オーウェンはしばらく黙って布を見た。それから彼女を見た。
「朝食室の椅子?」
「そう。よく分かったわね」
「君が今朝、あの窓辺を見ていたから」
「いかが?」
「俺には少し、眩しい」
率直な返事に、彼女は頷いた。予想はしていた。
「わたくしは、曇りの日に明るい色が欲しくなるの」
「あの部屋は、曇ると冷えて見えるな」
「でしょう。でも、あなたが毎朝落ち着かないのも困るわ」
ミレイユは端切れを彼の手から取り、窓に近い椅子へ載せてみた。さらに昨夜の青い見本も持ってくる。並べると、どちらのよさも分かった。
「張り地は青にして、縞は小さな座布団にしたら?」
彼が言った。
「嫌になったら、あなたの分は外せるわね」
「俺の分も作るのか」
「もちろん。あなたが意外と好きになるかもしれないもの」
彼は端切れを彼女の手から抜き、膝の上へ置いた。
「それなら、十分に買おう」
「明日、わたくしが買ってくるわ」
「一緒に行ける。昼前からは、空いている」
ミレイユは、残っていた菓子を半分に割った。
「焼きたてを食べる場所も、教えてあげます」
翌日は朝から雨だった。
市への外出は午後へ延ばし、二人は窓辺の棚に長く置いてあった玩具船を下ろした。先日、ミレイユが近くの本を抜こうとして、帆の端を金具に引っかけてしまったのだ。裂け目は小さいが、そのまま水へ出せば広がるかもしれない。
彼女は針入れを開け、赤い糸を探した。オーウェンは船底を布で拭いている。
「怪我をしたら、家令に叱られるわよ」
「今日は重いものを運んでいない」
「でも、もうそこに棘があるわ」
彼女は木の縁を指し、彼の手から船を受け取った。彼が小さな刃物で滑らかにする間、彼女は帆を外す。
春に買った船だった。夏には二人で何度も、あの入り江に浮かべた。いま見ると、彼の手の中に収まる白い船体も、鮮やかな赤い帆も、よくできている。
帆に針を入れたところで、彼がふと彼女の手元を覗き込んだ。
「その縫い目、何をしている?」
「補強よ。端を重ねてあるから」
「少し、やってみてもいいか」
ミレイユは顔を上げた。
「この縫い方も、できるの?」
「初めて見たが、さっき君がやるところは見た」
「それだけでは、できないこともございます」
「だから、やってみたい」
彼女は針を持ち直し、三針ほど縫って見せてから、彼へ渡した。大きな指が細い針をつまむ。最初の一針はうまくいったが、二針目で糸が絡んだ。
ミレイユが笑いを堪えると、彼はすぐに気づいた。
「まだ失敗していない」
「ええ。絡まっているだけ」
「ほどける」
ほどこうとして、輪が小さくなった。
彼女はとうとう声を出して笑った。オーウェンは針を置き、悔しそうに糸を見たあと、彼女のほうへ掌を出した。
「助けてくれ」
「はい、公爵様」
「そこまで嬉しそうに言うことはないだろう」
「だって、とても珍しいお願いですもの」
彼女が結び目をほどく間、彼は横から見ていた。肩が触れるほど近い。ミレイユが糸を引くと、彼の指も同じほうへ動いた。
「あなたの手が動くと、縫いにくいわ」
「悪い」
彼は手を引いた。ところが次の針を通すとき、今度は彼女の頬へ視線が触れるのが分かった。
「オーウェン」
「何?」
「帆を見ていらしたのでは?」
「今は、君を」
針を取り落としかけた彼女を見て、彼が笑った。悔しいので、ミレイユは糸を切り、帆を広げて彼の鼻先へ出した。
「できました。あなたが絡めなければ、もっと早くできたわ」
「俺の一針も残っている?」
「残しております。わたくし、寛大ですから」
船へ帆を戻し、二人で角度を調節する。赤い布が窓の光を透かした。春に買ったときよりほんの少し縫い目が増えたが、白い船体にはよく似合っていた。
「あの入り江なら、浮かべられるな」
彼が言った。
「雨が上がったら?」
「地面が乾いてからだ。縁が滑る」
「分かっております。今日は家の中で」
ミレイユが船の横から息を吹きかけると、帆がふわりと膨らんだ。彼は反対側から吹いた。帆が戻る。
「邪魔をなさらないで」
「君のほうへ倒れそうだった」
「今、嘘をおっしゃったでしょう」
「分かった?」
彼女は針入れを閉め、船を安全な棚の上へ移した。それから戻り、彼の両肩へ手を置く。
「罰があります」
オーウェンが顔を上げた。
「どんな?」
「午後の買い物で、わたくしの荷物を持っていただくわ」
「それは初めから、そのつもりだった」
「では、別のものにしましょう」
彼女は隣の椅子を引き寄せて腰掛け、頬を寄せた。キスをする寸前で止まると、彼の手が腰へ回った。
「そこまで来て、止めるのか」
「勝ったほうが決めるのよ」
「何の勝負だった?」
「今、わたくしが決めました」
オーウェンは彼女を引き寄せた。額へ口づけ、頬へも一つ。ミレイユが笑って顔を上げたところで、唇に触れる。
「ずるいわ」
「君も昨日の朝、急がせただろう」
彼女は彼の首に腕を回した。雨音が少し弱くなっている。午後には出かけられるかもしれない。けれど今は、もう少しここにいたかった。
「オーウェン。買い物の前に、もう一つ」
「うん」
彼は何をと聞かなかった。ミレイユが近づくと、ちょうどよい高さへ顔を傾けた。