極東4th
 早紀は──見なかったことに、しようかと思った。

 何とヒドイ、と思うかもしれないが、関わってはいけない気がしたのだ。

 相手のために、だ。

 早紀が、もし自分を人間だと思っていたならば、そんなことは考えなかっただろう。

 魔族と関わると、普通の人の方に害がありそうな気がしたのだ。

 しかし。

 道ゆく人たちは、綺麗な片方のスニーカーなど、誰も気づかないように歩いてゆく。

 立ち尽くす早紀の存在も、自分の能力のせいか、同じように空気扱いだ。

 早紀は、靴を拾っていた。

 せめて様子を見て、この靴を渡してくるくらい、魔族でも許されるんじゃないかと、そう思ったのである。

 日の入らない、路地に入る。

「あの…」

 意識はあるのだろうか。

 声を、かけてみる。

「う…」

 微かに、横たわる身体が動いた。

 長い髪。

 女の人かと一瞬思ったが、拾った靴も大きいし、うめく声もとても低い。

 肩幅も骨格も身長も、やはりどう見ても男だ。

「大丈夫ですか?」

 靴を側に置きながら、早紀はそぉっとジーンズの足に触れた。

 瞬間。

 じゅっと。

 触れた部分から、水分が蒸発するような湯気が上がる。

 びっくりして、手を離してしまった。

 熱かったわけじゃない。

 痛かったわけじゃない。

 自分の指を見るが、何の異変もなかった。

 何? いまの?

「う…あ…君は?」

 男は、やっと意識がはっきりしたのか、肘に力を入れる。

 それで、少しだけ上半身が浮き上がる。

 長い髪が、まるで川のように、彼の顔に幾筋もかかった。

 赤茶けた、濁流のような色の髪。

 一瞬、目を奪われたのは──何でだったのか。
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