極東4th
「そうだ」

 伊瀬は、早紀をじーっと見つめた後、にこりと微笑んだ。

 こわがらせまいと、声も微笑みもとりわけ柔らかくしている気がする。

 心の奥の優しさが、透けて見えるようだ。

 さっきの彼の言葉から推測するに、怖い立場(?)のようだが、それが信じられないくらいに温かく感じる。

 伊瀬が、そうすればそうするほど、早紀は消えてしまいたい気分になるというのに。

 彼は、早紀の前で、両方の人差し指を立てて見せた。

 その指の腹同士を、ぴたりと合わせる。

「君に…似合う色を」

 二つの人差し指が、すぅっと離れた。

 指の間から、濃紺の糸が。

 いや。

 布が。

 細く、長く。

 しゅるりと、たわむように、ひねるように。

 一瞬、早紀の目はそれに奪われた。

 現れたのは──濃紺のリボン。

 深い海の中と、同じ色。

「そうか…これが君の色か」

 大きな両の手の上で、渦を巻くそれを、伊瀬は満足げに見つめた。

 早紀も、その濃紺のリボンから、目を離せなかった。

 差し出されるリボンを、だが、ふるふると首を横に振って拒む。

 同族では、ないんです。

 本当は、本当は私。

 頭の中に、真理の冷たい目が閃く。

 どうして、私は魔族だったのだろう。

 海族だったなら、きっといまの一瞬を、喜んだに違いないというのに。

「大丈夫、よく似合うよ」

 リボンは、しゅるんと自分から動き出した。

 魔法──ならぬ、海法とでもいうのだろうか。

 生き物のようにそれは、早紀の黒髪を絡め取る。

 おかっぱの、横の髪を一房。

 リボンごと、髪を編みこんで。

 伊瀬は、微笑んだ。

 早紀は──泣いた。
< 81 / 273 >

この作品をシェア

pagetop