極東4th
 気づいたら、屋敷の前だった。

 早紀は、逃げ帰ってきてしまったらしい。

 屋敷の金属の門扉を握りしめ、長い長いため息をつく。

 泣いたせいか、頭は痛いし、鼻はつまるし。

 だが。

 伊瀬の存在は、彼女の心に鮮烈な印象を残してしまった。

 優しい、海の人。

 すっかり心を弱くした早紀にとっては、誰よりも頼りたい相手に見えて。

 だが。

 早紀は、この門扉の向こう側の人間だった。

 その事実を、彼に告白さえ出来ないのだ。

 正門を開けることは出来ないので、のろのろと脇の小さな通用口に向かう。

 いまの自分の背中には、たくさんの失望が積み込まれているだろう。

 そんなズタボロの彼女を。

 玄関で、出迎えた男がいた。

「……」

 無言の──真理だ。

 びくぅっと、飛びのきそうになる。

 あの真理が、玄関にいるはずがない。

 ましてや、自分を出迎えるはずがない。

 しかし、彼はそこに立っていた。

 他に誰か来るのではないかと、早紀が後方を振り返ってしまったほどだ。

 そんな彼女の、後頭部に。

「……部屋に来い」

 微かな冷気。

 不機嫌なのか怒っているのか、はたまた普通の声なのか。

 まったく判断のつかない声音と温度に、早紀があわてて彼を見直そうとすると。

 既に、真理は背中を向けて、階段を登り始めていた。

 いまは、彼の一方的な話を、聞かされる気分ではない。

 だが。

 従わないわけには、いかない。

 しゅうんと。

 早紀は、重い足を踏み出さねばならなかった。
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