初恋、のちパパになる―憧れのあなたは母になっていた―
*
薄暗い部屋。
照明はベッド脇の小さなランプだけ。橙色の光が、枕元と二人の肩をぼんやり照らしている。窓の外では夜の街の音が遠く続き、時折、車の走り去る音が静けさを揺らした。
二人並んで、ベッドに腰掛ける。
「あ、母さんから連絡来てる」
「え?」
「蒼生君、今寝たって。ごはんもたくさん食べたみたい。お風呂は……父さんが入れたのか」
「ありがたいけど、本当にここまでしてもらっていいの?」
「いいんじゃない? 何だかんだで、父さんまで楽しんでるみたいだし」
肩が触れそうで触れない距離。少し動けば互いの体温が伝わるほど近いのに、玲はそのわずかな隙間を意識してしまう。
「そろそろ寝ようか」
「うん」
同じベッドに入った途端。
玲は、見事なくらい固まった。
「……」
「玲君?」
「な、何?」
「緊張してる?」
「いや。別に」
「分かりやす」
「うるさいな」
玲は布団を少し引き上げる。
「玲君」
「こ、今度は何?」
「……いいよ」
「何が?」
遙花が少しだけ照れたように笑った。
「玲君なら、大丈夫だから」
「……え?」
「抱いてくれないの?」
玲の思考が止まった。
「……」
「玲君?」
「ちょっと待って」
「嫌?」
「嫌じゃない」
即答だった。
「むしろ逆」
「逆?」
「……あんまり煽らないで」
「煽ってないよ」
「嘘」
「誘ってるだけ」
「……それを煽るって言うんだよ」
遙花が笑う。
その笑顔を見ているうちに。
玲はそっと遙花を抱き寄せた。
「きゃっ」
触れた肩から、互いの体温がじんわり伝わる。近くで聞こえる遙花の呼吸と、自分の鼓動が重なり、部屋の静けさの中でそれだけがはっきりと響いていた。
「……本当にいいの?」
「うん」
「ほんとに?」
「うん」
「無理してない?」
「してない」
「嫌だったら途中でも言って」
「分かった」
それでもまだ不安そうな玲を見て、遙花が小さく笑う。
「玲君」
「ん?」
「私が玲君だからいいって言ってるの」
その言葉に、玲の表情が少し変わった。
「……めちゃくちゃ我慢してた」
「知ってる」
「え?」
「だから誘った」
「……やめて」
「何で?」
「もう、止まれなくなるから」
玲はもう一度確認するように遙花を見る。
遙花が小さく頷いた。
それを見て。
玲はゆっくりと顔を近づけた。
唇が重なる。
最初は触れるだけ。
けれど、一度離れて。
もう一度。
今度は少し長く。
何度も交わすうちに、玲の緊張も少しずつほどけていった。
「遙花さん……」
「玲君」
名前を呼ばれるたび、胸の奥が熱くなる。
玲の手が遙花の頬に触れる。
髪を撫でる。
抱きしめる。
いつもよりずっと近い距離で、互いの体温を確かめる。布団の中にこもった熱と、シーツのかすかな擦れる音が、二人の間に流れる時間をゆっくりと刻んでいく。
「……大丈夫?」
「うん」
それでも玲は何度も聞いた。
遙花はそのたびに答えた。
「大丈夫」
玲だから。
そう言うたび、玲の表情から少しずつ迷いが消えていく。
やがて二人は、言葉よりも近い距離で互いの気持ちを確かめ合った。
急がず。
無理をせず。
何度も相手を見ながら。
玲にとっては、初めて誰かにすべてを預ける夜。
遙花にとってもまた、過去とは違う。
誰かに求められたからではなく。
自分自身が、この人と一緒にいたいと望んで選んだ夜だった。