初恋、のちパパになる―憧れのあなたは母になっていた―
9. 集結、のち前進
蒼生との特別養子縁組が成立してから、一か月あまりが経過した。
一月二十三日。いよいよ、玲と遙花は結婚式当日を迎えた。
「遙ちゃん、綺麗!」
瑠花は遙花のメイクと衣装を担当した。
服飾大学を卒業後、アパレル業界を経て、現在は美容部員として働いている瑠花。ファッションと美容の知識を活かし、遙花のドレス選びからメイクまで担当した。
デコルテや袖周りをレースであしらった、Aラインドレス。繊細なスパンコールやラインストーンが映え、シンプルだけど華やかさもある――エレガントな印象の遙花に、よく似合っていた。
そして、ヘアセットは。
「うん、我ながら完璧」
エディは得意気に言った。
「あの……ヘアセットまでしていただいて、ありがとうございます」
「いや、これは僕がやりたかったんだ。こう見えて、花嫁さんのヘアセット、全然やったことなくて」
「そうなんですか? そんなふうに見えないですけど」
「次は玲のヘアセットしに行くから、また後でね」
「ありがとうございます、おとうさん」
「……!」
「あの、何か?」
「いや、娘が一人増えたような気がして」
「え……」
「来年には瑠花も嫁いじゃうし。寂しくなるなと思っていたけど……それだけじゃないんだなと思って」
エディは遠い目をしながら遙花に言った。
「今日の主役は君たちだ。これでもかってくらい、みんなから祝福されてきなさい」
「はい」
一方、玲は。
「玲、緊張してるね」
「うるさい」
「さっき遙ちゃんのヘアセットしてきたよ」
「え、父さんが?」
「他に誰がいる?」
「……姉ちゃんとか」
「瑠花はメイクと衣装をやってた」
「だいたい、聞いてないし。父さんが僕らのヘアセットやるとか」
「言ってないからね」
「うざ」
「ちなみに蒼生君のもやってきた」
「は?」
「可愛いねえ。『ぼく、リングボーズするの』だって」
「ぶっ!」
リングボーズ。
今日一番のパワーワードだな、と玲は思った。
蒼生のリングボーイ姿に泣く予定だったが、少々予定が狂いそうだ。
「蒼生君、可愛すぎる」
*
支度の済んだ二人のファーストミート。
「玲君……」
「……」
玲の瞳が一気に潤んだ。
「え、ちょっと……」
「無理……」
右手で顔を覆う玲。
「無理」
「何が?」
「遙花さんが、綺麗すぎて……」
「……まだ、式始まってないんだけど」
「それでも無理!」
遙花を直視できず、玲はただ一人悶えている。
「せっかくヘアセットしてもらったのに。玲君、くずれちゃう」
「うう……」
「ほら、新郎が先に行かなきゃなんだから」
遙花は、鏡に映った自身の姿を見る。
「私も、一つ夢が叶った」
「え?」
「ウェディングドレス」
玲は顔を上げ、遙花を見つめた。
「私、結婚式……していなかったから。ドレス、初めて着たの」
「そ……そうだったんだ」
「できれば、両親にも……見せたかったけど。仕方ないよね」
「遙花さん……」
どれほど疎遠になっていても、遙花にとっては実の両親なのだ。
晴れ姿は見せたいという遙花の願いを、玲には否定できなかった。
けれど、何と言って慰めればいいのか分からない。
「……まだ、わからないよ」
「え?」
「来てくれる可能性も、ゼロではない」
玲は、遙花のベールを整える。
「まあ、僕が遙花さんの晴れ姿を独り占めするのもあり、かな」
「玲君……」
「遙花さん。すごく、綺麗だよ」
玲は、はにかむように微笑んだ。
「ありがとう、玲君」
☆
結婚式の一か月前。
遙花は、疎遠になっていた両親に電話をかけた。
離婚したこと。
玲と再婚したこと。
そして、蒼生のこと。
近々、結婚式を挙げることも伝えた。
できれば、両親にも来てほしかった。
電話口から聞こえたのは、深いため息。
「ほら、やっぱりうまくいかなかった」――と母の呆れた声。
「もう、お前がどこで誰と結婚しようが関係ない。好きにしろ」――と突き放す父。
蒼生については。
「犯罪者の血が流れている子を、孫だと思いたくないわ。可愛いとすら思えない」
「これからも、会うつもりはない」
玲はたまらなくなって、遙花の両親に向けて電話口から声を上げた。
「初めまして、神城玲と申します。このたび、遙花さんと結婚いたしました。ご挨拶にも伺えず、急なご連絡になってしまい……申し訳ありません」
「あんたが、娘の再婚相手か?」
「はい」
「娘には、犯罪を犯した男の子どもがいる」
「はい、知っています」
「人を殺すような男の血が流れている子を、君は可愛がれるのか?」
「あの……正確には殺人未遂です」
「同じことだ。むしろ、娘を庇って刺された彼が気の毒で仕方ない」
「ご心配には及びません。僕は生きているので。お気遣いありがとうございます」
「あんた、まさか……あの時に刺された弁護士の」
「はい」
「……そうか」
「あの、それが何か?」
「君は、まだ若いだろう。わざわざ子持ちのシングルマザーを選ばなくてもよかったんじゃないか」
遙花の父は続ける。
「遙花の子を、自分の子として育てていくつもりなのか」
「はい、初めからそのつもりです。今月、家庭裁判所で特別養子縁組を認める審判が確定して、法律上でも親子になりました」
「何?」
「今は、僕が蒼生君の父親です」
「……それが何だ」
「蒼生君の実父は、法律上の父親ではなくなりました」
「戸籍からも消えた、ということか」
「いえ、過去の記録が消えるわけではありません。ただ、法律上の親子関係は終了しています。遙花さんは引き続き蒼生君の母親ですし、今は僕が父親です」
遙花の父は、言葉を詰まらせた。
そして、玲に言い放った。
「子どもを育てるということは、並大抵のことではない。まして、血のつながらない子を育てるというのならなおさらだ。親になった以上は、その子の人生も背負う覚悟でいないと、親は務まらない」
「……僕はそう思いません」
「何故だ?」
「一人で背負う必要はないからです。親としての責任を放棄するつもりはありません。でも、僕には遙花さんがいます。僕たちは二人で蒼生君を育てていくんです。今までも、これからも――蒼生君の、親ですから」
「……」
「それに、血のつながりがなければ子どもを愛せないとお考えの人に、親としての責任を説かれるいわれはないです」
「な……!」
「僕は、確かに蒼生君とは血のつながりがない。でも、彼を自分の子として育ててきたし、これからも育てていきます。そして何より、僕自身が、遙花さんと蒼生君のそばにいたい。一緒に生きていきたいと思っている。対してあなた方は、蒼生君と血がつながっているにもかかわらず、犯罪を犯した男の子どもというだけで可愛がれないと言う。これって、血のつながり……関係あります?」
「それは……」
「血のつながりがあるからこそ、受け入れがたいこともある。それは理解できます。でも、そもそも子どもには……何の罪もない」
「……」
「蒼生君は、とても可愛いです。もう三歳になりました。彼が赤ちゃんの頃から遙花さんと一緒に育ててきました。オムツも替えて、ミルクも飲ませて。初めて歩いた日なんて、僕泣きましたからね。そのあと、蒼生君。僕に何て言ったと思います? 『ぱぱ』ですよ。そりゃ泣きますって」
「君は、私たちよりも……その子の成長を、間近で見てきたんだな」
「会いたくなりました?」
「いや、そこまでは――」
「そうだ。僕たち、今度結婚式挙げるんです。カフェ・ロゼッタという……あ、元々僕たちはそこで知り合ったんです。学生時代の、同じバイト仲間として」
玲は更に続ける。
「そこで、蒼生君にはリングボーイをやってもらう予定です。これは僕、絶対泣く自信しかありません。どうでしょう? この機会に、孫の顔でも見に来られては?」
「そんな、急に言われても」
「僕の顔は、ついでで構いません。でも、親としての責任をそこまで重く考えていらっしゃるなら、まずはご自身の娘が選んだ人生を、見に来ていただけませんか?」
「少し、考えさせてくれ」
☆
一月二十三日。いよいよ、玲と遙花は結婚式当日を迎えた。
「遙ちゃん、綺麗!」
瑠花は遙花のメイクと衣装を担当した。
服飾大学を卒業後、アパレル業界を経て、現在は美容部員として働いている瑠花。ファッションと美容の知識を活かし、遙花のドレス選びからメイクまで担当した。
デコルテや袖周りをレースであしらった、Aラインドレス。繊細なスパンコールやラインストーンが映え、シンプルだけど華やかさもある――エレガントな印象の遙花に、よく似合っていた。
そして、ヘアセットは。
「うん、我ながら完璧」
エディは得意気に言った。
「あの……ヘアセットまでしていただいて、ありがとうございます」
「いや、これは僕がやりたかったんだ。こう見えて、花嫁さんのヘアセット、全然やったことなくて」
「そうなんですか? そんなふうに見えないですけど」
「次は玲のヘアセットしに行くから、また後でね」
「ありがとうございます、おとうさん」
「……!」
「あの、何か?」
「いや、娘が一人増えたような気がして」
「え……」
「来年には瑠花も嫁いじゃうし。寂しくなるなと思っていたけど……それだけじゃないんだなと思って」
エディは遠い目をしながら遙花に言った。
「今日の主役は君たちだ。これでもかってくらい、みんなから祝福されてきなさい」
「はい」
一方、玲は。
「玲、緊張してるね」
「うるさい」
「さっき遙ちゃんのヘアセットしてきたよ」
「え、父さんが?」
「他に誰がいる?」
「……姉ちゃんとか」
「瑠花はメイクと衣装をやってた」
「だいたい、聞いてないし。父さんが僕らのヘアセットやるとか」
「言ってないからね」
「うざ」
「ちなみに蒼生君のもやってきた」
「は?」
「可愛いねえ。『ぼく、リングボーズするの』だって」
「ぶっ!」
リングボーズ。
今日一番のパワーワードだな、と玲は思った。
蒼生のリングボーイ姿に泣く予定だったが、少々予定が狂いそうだ。
「蒼生君、可愛すぎる」
*
支度の済んだ二人のファーストミート。
「玲君……」
「……」
玲の瞳が一気に潤んだ。
「え、ちょっと……」
「無理……」
右手で顔を覆う玲。
「無理」
「何が?」
「遙花さんが、綺麗すぎて……」
「……まだ、式始まってないんだけど」
「それでも無理!」
遙花を直視できず、玲はただ一人悶えている。
「せっかくヘアセットしてもらったのに。玲君、くずれちゃう」
「うう……」
「ほら、新郎が先に行かなきゃなんだから」
遙花は、鏡に映った自身の姿を見る。
「私も、一つ夢が叶った」
「え?」
「ウェディングドレス」
玲は顔を上げ、遙花を見つめた。
「私、結婚式……していなかったから。ドレス、初めて着たの」
「そ……そうだったんだ」
「できれば、両親にも……見せたかったけど。仕方ないよね」
「遙花さん……」
どれほど疎遠になっていても、遙花にとっては実の両親なのだ。
晴れ姿は見せたいという遙花の願いを、玲には否定できなかった。
けれど、何と言って慰めればいいのか分からない。
「……まだ、わからないよ」
「え?」
「来てくれる可能性も、ゼロではない」
玲は、遙花のベールを整える。
「まあ、僕が遙花さんの晴れ姿を独り占めするのもあり、かな」
「玲君……」
「遙花さん。すごく、綺麗だよ」
玲は、はにかむように微笑んだ。
「ありがとう、玲君」
☆
結婚式の一か月前。
遙花は、疎遠になっていた両親に電話をかけた。
離婚したこと。
玲と再婚したこと。
そして、蒼生のこと。
近々、結婚式を挙げることも伝えた。
できれば、両親にも来てほしかった。
電話口から聞こえたのは、深いため息。
「ほら、やっぱりうまくいかなかった」――と母の呆れた声。
「もう、お前がどこで誰と結婚しようが関係ない。好きにしろ」――と突き放す父。
蒼生については。
「犯罪者の血が流れている子を、孫だと思いたくないわ。可愛いとすら思えない」
「これからも、会うつもりはない」
玲はたまらなくなって、遙花の両親に向けて電話口から声を上げた。
「初めまして、神城玲と申します。このたび、遙花さんと結婚いたしました。ご挨拶にも伺えず、急なご連絡になってしまい……申し訳ありません」
「あんたが、娘の再婚相手か?」
「はい」
「娘には、犯罪を犯した男の子どもがいる」
「はい、知っています」
「人を殺すような男の血が流れている子を、君は可愛がれるのか?」
「あの……正確には殺人未遂です」
「同じことだ。むしろ、娘を庇って刺された彼が気の毒で仕方ない」
「ご心配には及びません。僕は生きているので。お気遣いありがとうございます」
「あんた、まさか……あの時に刺された弁護士の」
「はい」
「……そうか」
「あの、それが何か?」
「君は、まだ若いだろう。わざわざ子持ちのシングルマザーを選ばなくてもよかったんじゃないか」
遙花の父は続ける。
「遙花の子を、自分の子として育てていくつもりなのか」
「はい、初めからそのつもりです。今月、家庭裁判所で特別養子縁組を認める審判が確定して、法律上でも親子になりました」
「何?」
「今は、僕が蒼生君の父親です」
「……それが何だ」
「蒼生君の実父は、法律上の父親ではなくなりました」
「戸籍からも消えた、ということか」
「いえ、過去の記録が消えるわけではありません。ただ、法律上の親子関係は終了しています。遙花さんは引き続き蒼生君の母親ですし、今は僕が父親です」
遙花の父は、言葉を詰まらせた。
そして、玲に言い放った。
「子どもを育てるということは、並大抵のことではない。まして、血のつながらない子を育てるというのならなおさらだ。親になった以上は、その子の人生も背負う覚悟でいないと、親は務まらない」
「……僕はそう思いません」
「何故だ?」
「一人で背負う必要はないからです。親としての責任を放棄するつもりはありません。でも、僕には遙花さんがいます。僕たちは二人で蒼生君を育てていくんです。今までも、これからも――蒼生君の、親ですから」
「……」
「それに、血のつながりがなければ子どもを愛せないとお考えの人に、親としての責任を説かれるいわれはないです」
「な……!」
「僕は、確かに蒼生君とは血のつながりがない。でも、彼を自分の子として育ててきたし、これからも育てていきます。そして何より、僕自身が、遙花さんと蒼生君のそばにいたい。一緒に生きていきたいと思っている。対してあなた方は、蒼生君と血がつながっているにもかかわらず、犯罪を犯した男の子どもというだけで可愛がれないと言う。これって、血のつながり……関係あります?」
「それは……」
「血のつながりがあるからこそ、受け入れがたいこともある。それは理解できます。でも、そもそも子どもには……何の罪もない」
「……」
「蒼生君は、とても可愛いです。もう三歳になりました。彼が赤ちゃんの頃から遙花さんと一緒に育ててきました。オムツも替えて、ミルクも飲ませて。初めて歩いた日なんて、僕泣きましたからね。そのあと、蒼生君。僕に何て言ったと思います? 『ぱぱ』ですよ。そりゃ泣きますって」
「君は、私たちよりも……その子の成長を、間近で見てきたんだな」
「会いたくなりました?」
「いや、そこまでは――」
「そうだ。僕たち、今度結婚式挙げるんです。カフェ・ロゼッタという……あ、元々僕たちはそこで知り合ったんです。学生時代の、同じバイト仲間として」
玲は更に続ける。
「そこで、蒼生君にはリングボーイをやってもらう予定です。これは僕、絶対泣く自信しかありません。どうでしょう? この機会に、孫の顔でも見に来られては?」
「そんな、急に言われても」
「僕の顔は、ついでで構いません。でも、親としての責任をそこまで重く考えていらっしゃるなら、まずはご自身の娘が選んだ人生を、見に来ていただけませんか?」
「少し、考えさせてくれ」
☆