落下点《短編》
次はあたしの手から、空き缶が転がった。


「ええっ!朋也くん聞いてへんで!?」

「は…、ちょ、忠司お前なにゆうてんねん!」

「めっちゃ可愛い子やったのにさぁ〜。別に付き合うてみてもよかったんちゃうん?」


視界の隅っこで、陣ちゃんの真っ赤な足の裏が見える。

ほんの少しできた沈黙に、定期的な陣ちゃんの寝息。

きゅうっと締め付けるように、秋限定のりんご味の甘さが舌にしみる。


…あの、夏の日。


朋也くんにとっては、きっと何でもないことだった。



『…なんでもっと早く声かけへんかったんやろって、思った』



それでもあたしはあれから、なぜか彼のことを変に意識してしまうようになっていた。


「じゃあ〜っ!ちょもやきゅん、べつにすきなひとでもおんの〜!?」


サチの絡み具合は、完全にタチの悪い酔っ払いだ。あたしに寄りかかりながら、頭をごつん、と肩に乗せた。

じんわりと熱くなる。サチの額が触れる肩から、まるで頭の中まで広がるように。

笑ったように弧を描いていた朋也くんの唇が、一度結ばれたあと、ゆっくりと開かれる。


「…さぁ、どうやろな」

「ええ〜っ!!なになになに!?サチおねえちゃんがきいてやろうじゃないかぁ〜っ!!」

「…てかサチ、お前もう寝とけ」


染め直された朋也くんの髪が、シャンパンゴールドじゃなくてよかった。何も持たない右手を持て余しながら、どうしてかそんなことを思った。

季節は秋半ば。陣ちゃんと出会って、もう一年。


さらわれた夏の色と、やってきた秋の色。



「トモちゃん」


ぐでんぐでんのサチを寝かせて布団をかけたそのとき、低い声があたしの名を呼んだ。"トモちゃん"。


「…ちょっと外に、熱冷ましにいかん?」


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