落下点《短編》

なのに遮らなかったのは、朋也くんの真剣な瞳と。


あたしの体のどこかに、聞きたいという狡いきもちが、あったんだと、思う。


「頷けへんかって。…トモちゃんの顔、頭に浮かんで」


朋也くんが、あたしの腕を取る。滲む。冷えた皮膚に。朋也くんの温度が。指先から、震えるように。

"トモちゃん"。陣ちゃんの呼び捨てとはまた違う名で、あたしを呼ぶ。


「…抑えられへんときは、どうすればええの」




──好きや。



真っすぐにそう言われたとき、脳天がしびれたみたいになった。


頭が真っ白になった。すべての行動を、瞬きですらも、奪われてしまったみたいに、あたしは呆然とただ突っ立っていて。

握られたままの手に、力が入る。彼があたしに近寄ったのか、あたしが彼に引き寄せられたのか、どちらかなんてわからない。


…触れるだけのキスをした。


頭の中は白いまんまで、抵抗はできなかったのかもしれないし、しなかったのかもしれない。

でも確かなことは、あたしは、嬉しいと思ってしまったのだ。朋也くんの気持ちを、嬉しいと思ってしまった。

陣ちゃんとはまた違う、男のひと。穏やかなだけでない、強い気持ち。


…あたしはすっかり、忘れてしまっていたんだ。当たり前になりすぎて、大事なことに気づけなかった。



繋いだ手の暖かさを。

照れたような笑顔を。



『俺、多分、朋美が思っとるよりずっと、朋美のこと、好きやわ。…うん、改めまして、やけど』


陣ちゃんを愛しいと、そう思った気持ちを。


きっとあのときが、頂点だった。一番てっぺんの、その先には、緩やかな下り坂が、ずうっと延びていたのだ。緩やかな傾斜で、でもそれは確実に、下へ、下へと。





あたしは多分、ずるかった。





自分で思うより、ずっと、ずうっと、ずるかった。













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