落下点《短編》
「…びっくり…ていうか、朋也くんもモテるんやん!!あんましそういう話してくれへんかったやん?陣ちゃんからも聞いたことなかったし…」

「…トモちゃんは、」


自分のスニーカーだけしか写り込んでいなかった下向きの視界に、朋也くんの爪先が入り込んだ。

驚いて顔を上げる。真剣な瞳が、あたしを捕らえた。


「…陣とはうまくいってんの?」



なんだかその時、あたしはいっぱいいっぱいで。

頭の中にその言葉の意味が到達するまでに、少し時間がかかった。


──陣とは、うまくいってるの。


陣ちゃんと?いってる。これ以上なくうまくいってる、そう思う。

あたしは陣ちゃんがすきだし、陣ちゃんはあたしをとても大事に思ってくれてる。それがわかる。

ドキドキとか、そういうのを越えて、一緒にいると、ものすごくものすごく安心するから。あったかい、ポカポカした気持ちになれるから。


「…うまく、いっとるよ?」


丁寧に発したはずの言葉は、かすれていた。


少しの間、並んで互いに黙ったままだった。なびく髪が、首筋をくすぐる。

目を細めてそっと隣を盗み見る。ライオンみたいなふわっとした髪の毛が、夜の闇に溶けている。

きっとどんな色でも、今この瞬間、夜に紛れて黒にしか見えないんだろう。もし今も彼の髪が変わらずに、あの夏の、明るいシャンパンゴールドだったとしても。


そろそろ戻ろうか、そう言いかけたときだった。

「…アカンって、ずっと思ってて」


朋也くんが、小さく呟いた。


「アカンって言い聞かせてて。トモちゃんは…友達の彼女さんやから」


…何を言っているのかと、思った。

予感はあったはずだった。それが確信に変わろうしていて、今更、急に怖くなる。


「…久しぶりやってゆうたけど、ホンマはちゃうねん。わざと会わんようにしてた。食堂とか、会いそうなとこには行かんようにして…、だって、そうやないと…俺は、」

「……」

「ちゃんとこんな気持ち、すっぱり捨てないけんって……、けど…、この前告白された時にな。」


これ以上、聞いちゃいけないと思った。

聞いてしまったら、きっとあたしは、後戻りできない。


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