落下点《短編》
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「朋美、それ取って」

「ん」

「あんがと!」


コタツにすっぽり収まったまま、宙をかくように伸ばされた陣ちゃんの腕。その手のひらにテレビのチャンネルを滑り込ませると、陣ちゃんはにへらって笑ってそれを握った。

テレビ画面が、陣ちゃんのお気に入りのドラマに変わる。

"あれ"とか、"それ"とかで通じる会話。もう何年も一緒に過ごしてきた夫婦みたいだな、なんて思う。

…なんかそれって、あれだね。一緒にいる時間って、すごい。


陣ちゃんとの日々は、相変わらず穏やかだった。

増えすぎた思い出は、塗り替えられて、少しずつぼんやり薄まっていく。そんなことに、気づく暇もなかったけれど。

陣ちゃんはドラマに真剣そのものだから、つまらなくなって、携帯をいじる。

友達のブログが一通り更新されていないか見て、あたしはそのいくつかにコメントを残す。

しばらく会っていない友達にも、それぞれの日常がある。

あたしの毎日はほとんどが陣ちゃんでできていて。熱は無いけれど、あたたかくて穏やかで。

穏やかすぎて。


陣ちゃんはテレビに釘付け。かと思ったら、こたつの中、陣ちゃんの足の裏があたしの足の裏を探し当てて、ピッタリとくっついた。

顔を上げる。目が合って、陣ちゃんが嬉しそうにはにかむ。

あたしの口元もゆるみかけて、その時ふいに、あたしの携帯が鳴った。


「メール?」

「……、うん」


こたつ布団の影で、携帯を割り開いた。メールの着信が一件。



…朋也くんからだ。



何とでもないような顔を作って、素早く内容を確認する。サッと目に入る短い一行。



"今日、会える?"




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