落下点《短編》
ごめん、朋也くんが小さく言う。

朋也くんはキスをしたあと、いつも謝る。ごめん。そのたびにあたしはどうしようもなく苦しくなる。

一秒もないそれは、いつもあたしたちの間に空白をもたらす。続く沈黙が怖くなって、あたしから口を開いた。


「…今日な、久しぶりにサチに会ってん」

「…へえ!元気やった?」

「うん!!大学ってあっという間やな〜とかいう話したわ」


肌に隙間なく密着したホットカーペットは、少し熱すぎるくらいになっていた。頬が火照っているのが、自分でもわかる。

寝そべっていた体をゆっくりとおこした。思ったよりも近い距離で、朋也くんと目が合う。慌てて大げさにそらしてしまった。


「…トモちゃんは、卒業したらどないすんの?」


俯いたままのあたしに、朋也くんは少しかすれた声でそう言った。


「実家戻んの?」

「…うーん、どうだろ…就職先もあるし、まだハッキリ決めてへんけど…」


ブラックとグレイが基調の部屋。黒いカーペットの上。あたしの着ているセーターは、そこに溶け込んでしまいそうなほど全く同じ黒の色だった。

…麻痺してしもたんかな。もうお香の匂いがしない。


「…そっか」

「あ〜就職したくないな!もういっそ嫁にもらってもらえれば楽やのに───、」



朋也くんの顔が、突然こわばった。


…言ってからしまったと思った。深い意味なんてなかった。別に、陣ちゃんに、だとか、そんなことはひとつも。


朋也くんもしまったと思ったのだろう。慌てて笑顔を作ろうとするけれど、うまくいかなくて。

泣きそうに歪んだ口元。福笑いで失敗したみたいに、いびつな笑顔。


どうしたらいいのかわからなくて顔を背ける。その途端に世界が反転した。

頭がごつん、と床にぶつかる。


「痛…っ、」


全部言い終わる前に、そのまま唇を塞がれる。強引にキスをされた。

ねじり込まれる熱に、体がビクッと震える。

怖かった。今まであたしたちが重ねてきたそれは、きっと、外国人の挨拶程度のものでしかなかったから。

熱い手のひらが、あたしの肌に触れる。…陣ちゃんの手は、もっとずうっと冷たい。

.
< 24 / 59 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop