林檎と蜂蜜
「梨紗、待てっ」
俺が梨紗に追いついたのは玄関の横にある階段の踊り場だった。
「、ごめんなさ、見る気はなかったの!」
彼女は俺の方を見ようともしない。声が震えている。
「さっきの授業で講義室に電子辞書忘れたことに気づいて、取りに行ったらたまたま隆司がいて、入ろうとしたら…っ」
堰を切るように話す梨紗に、俺はただ狼狽した。
「梨紗、」
「つ、付き合うことになったんだよね、おめでとう。じゃぁ私猛を待たせてるからー…」
「梨紗っ」
少し大きい声で名前を呼ぶ。彼女は肩を揺らし、涙を溜めた瞳で俺を見つめた。
「俺は、あの先輩とは付きあわねェ。」
「でも、キスしてたっ…」
自分の言葉で傷ついた顔をする彼女は、見ているこっちも痛々しくなるほど切なくて。
「あれは無理やり…」
「隆司、何したの?」
棘のある声が下から聞こえた。俺は一瞬動きを止めた。
あぁ、一番知られたくない奴に…。
「猛…。」
梨紗が蚊の鳴くような声でぼそりとその名前をつぶやいた。