来る来る廻る
川の字に敷かれた組布団…三人で一夜を過ごすのは、もう何年振りの事だろうか…。

父は、横になった母の足をさすり始めた。

リウマチによって意地悪され腫れ上がった手足の指、膝、肘…と、父は優しく愛しくさする。

父の魔法の手で、母の痛みは和らいでいく。

父の魔法の手は、母の苦しみを吸い取っていく。

私は、溢れそうになる涙を流さずに、ぐっと堪え、その場からそっと出て行った。

浴衣の上に羽織をひっかけ、旅館の外に出た。

  夜の黒い海……。

外灯だけを頼りに、私は歩き出した。

今なら大丈夫、ここなら大丈夫…堪えていた涙を形にして流す事が出来る。

眼鏡の奥で、私は一生懸命に泣いた。

嬉しいのか哀しいのか、わからない。

ただ、ただ…この運命に泣きたいだけ…。

悪心を持って、誰も恋はしない。

不倫願望を持って不倫する人は、そうはいない。

たまたま、両親が恋に落ちた時、父の方だけが家庭を持っていた。

ただ、それだけの事…。

純粋に、自然に私が生まれた…。

人の感情は、息をして常に揺れ動く。

一夫一婦の婚姻形態は、無呼吸で動かない。


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