2LDKのお姫様
『そういや、夏休みは実家には帰らないの』


「ああ、多分お盆以外は帰らないよ」


彼と出会ってから随分経つが、彼はあまり実家へは帰っていない気がする。大抵夜は電気がベランダからこぼれているし、だいたい毎週1日くらいは一緒にいる気がする。


「シオリさんは、帰らないの」


『うん、多分来月の頭には少し帰るかも。まあでも、帰っても誰もいないでしょうけど』


「あ……」


彼はしくじったと思わず口を閉じた。確か、彼女は両親がおらず、叔母夫婦の家に引き取られている前にホノカから聞いたことがあった。


『どうしたのよ。はい、この海老美味しいわよ』


シオリは優しい人だ。いつも。


『じゃあ今夜。待ってるね。』

「うん」


2人は喫茶店から出た後、神社の近くまで一緒に歩いてシオリは帰って行った。


『あ、言い忘れてた』


「ん……」


『ゼミ、ちゃんと行きなさい。じゃあね』


彼女の後ろ姿はいつもより少し、寂しそうに見えた。


日射しが強い。いつも騒がしい通りが今日は静かだ。よくよく考えてみれば今日は平日で、しかもまだ昼過ぎなのだ。


普通今頃なら、ゆっくりと午後の安らかな街を見渡しながらシオリは帰っているのだろう。


しかし、その頃シオリは───


シオリは大の不安をよそに、ゆったりとした街並みの時間の上を這うように楽しんでいた。


『あ、』


しかし、確かに少し違う。やけに焦っているのだ。


ゆっくりするはずだったが、今日は彼が来るのに家には何も無い。


朝見た時には冷蔵庫には何も入っていなかった。買い溜めしておいたパンや乾麺は突然姿を消していた。


どうやら悪戯姫たちがどこかへ持っていったらしい。


察するに、いや考える必要は無い。おそらく今はそれの胃袋の中だろう。その事を思い出したのだ。


今日は確か近くのスーパーの特売日だったはず。


シオリは今日のメニューを考えながらスーパーへの道のりを進んだ。




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