小悪魔は愛を食べる
「……瀬川くんはさ、なんで華原さんがそんなに大事なの?なんで、他の子じゃ駄目なの?」
気丈を装っていた少女の、本音だった。
壱弥の手が少女の頭を撫でて、穏やかに答えを教えた。
「芽衣は、本当に欲しい物を欲しいって言えない子だから」
「うそ」
「本当。可愛いだろ」
「……可愛いていうか、なんか、…可哀想だよ」
賢い回答に、壱弥は満足そうに「だから他の子じゃ駄目なの」と冗談めかして笑った。
「ねぇ瀬川くんさ、もし、遊びでもいいって言ったら、アタシと付き合ってくれる?」
「そうだな。芽衣が泣かないなら、付き合ってもいいけど」
「華原さんて泣くの?」
「泣く」
「えぇ?だって嫌がらせされても普通じゃん。泣かない人かと思ってた」
「そんな人、いるわけねーって。柚木だって今泣いただろ」
苦笑雑じりに言う壱弥の声が、他愛無く少女の名前を呼んだ。少女は、柚木香澄は喉の奥がくっつくようなじれったい気持ちで壱弥の手を握った。
「キスしてくれない?ほっぺか、おでこ」
ちゅ。と軽く額に唇を押し付ける。ふわりと香った甘い香水の匂いが、気持ち悪くなかったのは、きっとさっきほど香澄が嫌いじゃないからだ。
「アタシね、瀬川くんのこと、ほんとうに好きだったよ」
香澄が笑った。その笑顔がひどく大人びて見えて、壱弥は目を細めた。
窓の外は土砂降りの大雨。
二人の内緒話は雨雲に覆われ、誰にも知られないまま水溜りになる。この雨が晴れても残る、鮮やかな水溜り。それはなんだか、汚れを濾過したような綺麗さで、優しく地表を潤す砂漠のオアシスを思わせる心地良さだった。