小悪魔は愛を食べる

「倉澤くんは頼まなくてよかったの?」

「ああ、食べたい気分じゃなかったから。腹も減ってないし。それより華原は瀬川に連絡しないの?俺と二人っきりだって」

「しないよ。だってイチは彼氏じゃないもん。倉澤くんこそ、初音ちゃんに見つかったら大変じゃない?浮気とか言われるかも」

「言われない。別れたから」

「ふうん、別れ…ん?え、ちょ、えぇ!?別れたって、うそ!?別れたの?なんで!?」

身を乗り出して訊く芽衣の勢いに若干引きながら、絢人が愉快そうにくつくつ笑い声を立てた。

「理由、ききたいの?」

「ききたい」

意気込んで、芽衣がうなずく。絢人は少し考えるように目を伏せ、また芽衣をみつめた。

「どういう理由なら、華原は嬉しい?」

「え?」

意味がわからなかった。
別れたのであれば、それなりの理由があるはずで、なのにどうして聞いているはずの自分が聞き返されているのだろうかと、芽衣の頭が斜めに傾く。
可愛いね。と、絢人の口から零れた。

「華原、俺と話しててどう思う?」

「どうって?」

「俺のこと、どう思う?」

からかうような色合いの瞳に、困惑した芽衣の顔が映っている。
困る。こういう聞かれ方は、困る。とくに絢人みたいな人間には、どんな上手なことを言っても、その中の本心全てを見透かされそうで、下手に何か言えなくなるから余計に困る。
困ったまま、それでも視線を逸らさずに、芽衣がぼそっと呟いた。

「詐欺だと思う」

「ん?」

「倉澤くん、噂とかと全然違うもん。わたしが知ってた倉澤くんは頭良くて、真面目で、堅物優等生で、インテリっぽくて神経質そうで、なんか…女の子と付き合うとか嫌がりそうで、実際ひどい事言うし、なのに…。手とか、やらしく触ってくるし、顔、綺麗だし。助けてくれたし。ちょっと優しいし、いい匂いするし…絶対詐欺だと思う」

喋る度、開閉する唇。頼りなく開いて、可愛らしく閉じる。
ぷるりと瑞々しいその唇に、絢人の親指が触れた。顎を人差し指で引き寄せて、固定するように親指が下唇の表面をなぞる。

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