幻妖奇譚
「パパ! お帰りなさい」

「ただいま。電気も点けないで、何をしてたんだい?」

 ネクタイを外し、ソファに掛けるパパ。

「うん、ちょっとね。……パパ、今日は何が食べたい?」

「沙希の好きなモノでいいよ。ちょっと食欲がなくてね……暑さにやられたかな」

 言われてパパの顔を見る。確かに少し青白い顔をしている……。

「ダメだよ! そんな時こそちゃんと食べなくちゃ! もっと体悪くしちゃうよ?」

 懇々と説教をするあたしにパパがくすっ、と笑った。

「はいはい。……沙希は美沙に似てきたな……」

 “美沙”――ママの名前。ママがいなくなってからずっと……、口にする事を避けてきたパパ。

「……ね、パパ? ママの事聞かせて?」

「沙希?」

「だって……、あたしママの事ほとんど覚えてないもん。優しくて、とっても安心するいい匂いで……って事しか。だから、お願い! ね?」

「…………」

 顔の前で両手を合わせてお願いをするあたしに、困ったような顔のパパ。

「沙希ももう16歳か。……そろそろママの事、話してもいい頃かもな」

 パパの言葉にぱぁっと表情を明るくしたものの、でも、と言う否定の言葉に遮られた。

「今はまだその時じゃない。その時が来たらきちんと話すよ」

「え~ッ? その時っていつ?」

 しつこく食い下がるあたしに、その時はその時だよ、と茶化すパパ。

 パパにとってはあたしはまだ幼子に見えるんだろうか……結局ママの事は何も聞けなかった――。




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