Happy garden.【短編】
「そう。なんていうんや」
「……香澄(カスミ)」
「カスミ? 可愛い名前やな。俺は誠司。誠実の誠に司るや」
――反則だ。
誠司と名乗った男は目を細めて、どこかうれしそうに笑った。
どうしてそんな風に笑えるの。
苗字も漢字も教えない、ひらがなかカタカナでしか認識できないカスミなのに。
こんなんじゃあ、本名かどうかもわからない。
それでも、わたしはずる賢く、漢字を伝えない。
会ったばかりの男に本名をそのまま教えると、わたしのすべてを知られてしまいそうで怖い。
ぼそっと小さな声で、名前を褒めてもらったお礼を言うと、あとは無言で歩いた。
胸のモヤモヤはいつまでも晴れなかった。
やがて、わたしの住むアパートが見えた。
茶色の外壁の5階建ての5階に部屋がある。
エレベーターのない安いアパートなので、毎日、上り下りが大変。
運動をする機会があまりないので、ダイエットだと思って頑張ってる。