クライシス

十二月二十日十七時五分豊中市豊中署
キムの逮捕から丸一日が経過した。しかし、ウイルスは見つからない。キムも口を割らない。
赤木は焦っていた。一課の『落としの名人』達が手を変え品を変え色々試すがダメみたいだ。
険しい表情を浮かべながら外を見た。街はすっかりクリスマスの雰囲気を醸し出していた。
「手詰まりですね」
そう言って川村が隣に立つ。赤木は黙って頷いた。
「海外では、こんな時どうされるかご存知ですか?」
「まあ、何となくは分かります」
赤木の頭に浮かんだのは『拷問』と言う文字だ。
「だが、相手は手練れの工作員です。恐らくそれでも口を割らないでしょう」
赤木の考えを察知したのか、川村がそう言う。
二人がそのまま黙って立ち尽くしていると、井上が向こうから近づいて来た。
「係長」
井上がそう声を掛けたので振り向く。
「なんや?」
「あのキムの取り調べ、今は誰もやってないんですよね?」
「ああ」
「せやったら、俺にさせて貰えません?」
「うん?」
「いや、ちょっとだけで良いんで」
そう言って井上が笑う。赤木はチラリと川村を見てから井上に言った。
「おいおい、遊んでる場合やないんやぞ。分かってんのか?状況を」
「いや、ホンマにちょっとだけでエエんです」
「いや、ちょっと待って下さい赤木係長。良いんじゃないでしょうか」
「いや、しかしーー」
「今は、次の対策を練っています。この隙間の時間を井上さんに繋いでもらいましょう」
「まあ、川村管理官がそうおっしゃるなら……井上、くれぐれも拗らせんなよ。一旦相手が殻に閉じ籠ったら、もう一度開けるのに時間がかかるからな」
「はい、ありがとうございます!」
「ったく、おい、江川君。悪いが井上に付いてキムの取り調べに行ってくれ」
赤木は井上のコンビの江川を呼んだ。江川は立ち上がると井上と共に取調室に向かった。
二人が会議室を出ると川村が赤木に尋ねた。
「何か考えがお有りですね」
「え?いや、川村管理官が井上に勧めたでしょ?」
その答えに川村が笑う。
「あなたが私に勧めて欲しそうだったものですから」
その言葉に赤木は川村を見た。そして、二人で静かに笑った。彼等は少しの期待を抱いていたのかもしれない。あの若者のお陰でこれまでの捜査が進展した。だから、今回も、何かを起こしてくれるかもしれない、期待を。
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