クライシス
何故か笑えた。ツダは心配そうに雄介を見る。
「ミスター市橋……」
 雄介は笑い終えるとポケットに手を入れた。そしてポケットからUSBメモリーを取り出した。それをツダに渡す。
「レッドスノウの抗ウイルス薬の化学構造式が入ったデータです」
 雄介はツダを見ると再び笑った。
「これを、日本へ……!」
 ツダは雄介の言葉を聞くと頷いた。
「分かった。神に、いや、私の娘に誓う。必ずこれを日本政府に渡す……!」
 ツダは下唇を噛み締める。雄介は少し肩の荷が降りた気がした。ツダはUSBメモリーをポケットにしまいながら呟いた。
「今年、いや、もう去年か。去年の一月にアメリカに有る薬品メーカーからウイルスサンプルが何者かに盗まれた」
 雄介はツダを見る。
「そこでは、表向きは抗生物質を作る為の、ファージの研究を行っていたんだ。だが、その会社の大株主は軍需産業の会社でね」
 雄介は少しピンと来た。
「そこで開発されたのが……軍事目的のレッドスノウ?」
「正解だ。そこでは特別チームが作られていた。少しマッドサイエンティストの集団が参加していたんだ。その中で指揮を執っていた人物がいる」
 ツダは雄介を見つめる。
「その人物は日本人だと言う」
「……日本人?」
「ああ。そしてその人物は『シルヴィ』と呼ばれていた」
「シルヴィ……その名前って」
「ああ、フランス語圏の女性の名前。恐らく、その日本人は女性だ」
 女性の日本人の化学者……?雄介の中で何か引っかかる。だが、それが何かが分からない。
 そして、もう一つ疑問が湧いていた。
「そのサンプルを盗んだのは北朝鮮なんですよね?」
「恐らくは」
「何で、作れたんだろう?」
「どう言う事だ」
 ツダが雄介の顔を見る。
「いや、それです」
 そう言ってツダのポケットを指差す。
「俺は、北朝鮮が盗んだのは化学構造式だと思ってました。しかし、サンプルを盗んだならば、その成分を分析して化学構造式に作り直さなければならない。果たして、そんな化学者が北朝鮮に居るのか、と思いましてね」
「その通りだ」
「え?」
「実は、そのシルヴィと呼ばれる化学者は、その薬品会社を追われたんだ。そしてここからは私の推測なんだが、恐らく北朝鮮の奴らがその薬品会社に侵入してサンプルを奪えたのは、そのシルヴィが手引きしたんではないかと思っている」
「彼女が?」
「ああ。そして彼女は北朝鮮の為に、その化学構造式を作成したのではないかな?」
「なるほど…」
 雄介が頷く。
「ちなみに、盗まれたサンプルは二本。一つは既にオオサカで実験で使用した。残すサンプルは一本なんだが」
「彼等が大量生産している可能性は……?」
「それは俺より、君の方が詳しいのではないかな?彼等にこんな短時間で大量生産する技術と資金があるのか」
 雄介は納得した。恐らく無理だ。





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