クライシス
―― 一月十日十七時四十分 大阪府吹田市――
 雄介と井上は鍵を開けて、楠木の家に入った。
「たぶん、こっちです」
 雄介の言葉に井上が頷く。雄介はリビングを通り奥へと入ると、一つのドアの前に立った。そこは楠木の書斎だった。
 小さい頃から父親に連れられて、この家に来た。そして、この書斎で楠木に沢山の本を読ませてもらった。微生物の本を読み漁り、そしてその虜になっていった。
 家族が居ない楠木は、雄介を実の息子の様に可愛がってくれていた。
 書斎に入り、金庫の前に立つ。
「これか?開け方知ってんのか?」
 井上の言葉に雄介は何も言わない。そしてダイヤルを回した。もしも変わっていなければ開く筈だ。
 雄介は期待していた。金庫が開く事を。自分の知っている四ケタの番号を回し終えるとカチリ、と言う音がした。そして金庫が開く。
「開いた」
 井上が呟いた。雄介はそのまま動きを止めていた。井上は中を見る。そして叫んだ。
「あったぞ!あった!これ、抗ウイルス薬だろ!やっぱり楠木教授は作っていたんだ!」
 井上は喜んで雄介の肩を抱いた。だが、雄介は下を向いている。
「おい、どうした……?」
 雄介は泣いていた。鼻をすすって泣いていた。
 思い出していた――。父親に連れられてここで遊んだ日々を。
 そして、幼い自分がこの金庫に興味を示して、遊んでいた時に楠木に言われた一言を。
―― この金庫の暗証番号を、雄介の誕生日にしておきますね ――
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