涙は煌く虹の如く
しかし、
「………!」
男の腰に鍵束がぶら下がっているのを見て恐怖心は消えた。
「ちょっと…ここの客に…用が…」
「ビュンッ…!!」
階段を既に6段ほど上がっていた丈也はそのまま男めがけて飛び込んだ。
「ガドンッ…!」
「ブウッ……!!」
見事に男に当たり、もんどりうって二人は床に倒れこんだ。
想像以上の音がしたがどうやらフロントにいたのはこの男のみだったようで人がやってくる気配はない。

「クッ…!」
素早く起き上がった丈也は、
「ドサッ…」
男の腹の上に思い切り膝を落とした。
「ブゲェェェェッ…!」
醜怪な呻き声を上げて男が悶絶する。
うつ伏せになってもがき続ける男。
「ハッ……!」 
丈也は何の関係もないこの男をここまで手荒く痛めつけたことに対してうろたえ、後悔の念を持ったが、それでも美久の姿を思い浮かべ男から鍵束を奪った。

「早く……!」
「ダダダダッ…!」
そう呟くと丈也は階段を一段抜かししながら猛スピードで駆け上った。
「ハァハァッ……!」
自分の残酷さを否定するかのようなスピードだった。
4階を上り切った。
「ハァハァ……」
息を整えながら鍵束を確認する丈也。
鍵には一つ一つにシールが貼ってあり、部屋の鍵のみならず『屋上』や『ボイラー室』といった設備の鍵までがごっちゃになっていた。
「カードキーじゃねぇんだな…ハァハァ……」
まだ良心の呵責があるらしくおどけた調子で独り言を呟く。
「あった…!」
412号室の鍵を見つけた丈也。

「ピタッ…」
奇しくも412号室の前に辿り着いていた。
「美久…」
「ゴクッ…!」
丈也は唾を飲み込んだ。
緊張からか、恐怖からか、不安からか?
またはその全ての感情が入り混じったからか?
「カチャッ…」
鍵を差し込んだ丈也。
ドアが開かれる。
「ギィッ……」
何だかとても重く感じたし、思ったより軋んだ音を上げたドアに驚いた。
「………」
丈也は入り口から中を窺った。
だが、廊下から右に入ったところに部屋があるらしくどことなく淫猥な明かりが漏れている以外はわからなかった。

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