liftoff
思わず振り返ると、さっきの彼が、自分の目の前の席を指していた。
一瞬、躊躇。
けれど、話してみたい気もする。
ピニャコラーダの理由も。
わたしは、ほぼ食べ終えたチャーハンのお皿と、空っぽのグラスは置いたまま、彼のおごりらしいピニャコラーダだけ持って、席を移動した。
斜め後ろの席に移動するだけなのに、途中で、足がもつれそうになってしまう。
情けないことに、手が震えている。
椅子に座るときも、大きな音を立ててしまった。
「それ、まだ飲んでなかったんだ」
彼は、グラスを一瞥すると、相変わらず優しく笑いながら、そう言った。
わたしは、ええ、とか中途半端に頷きながら、手を出せないでいる。
彼は、身振りでウエイターを呼び寄せると、ピニャコラーダとバーボンをオーダーした。
ピニャコラーダ、に反応して、思わず顔を上げる。
「もう、氷が溶けてるだろ?」
彼は、当然というように、汗をいっぱいかいたグラスを、ウエイターに下げさせようとした。
わたしは、慌てて、そのグラスを掴むと、
「いえ、これで、これで結構です」
そう言って、テーブルに引き戻す。
その拍子に、中身が少しこぼれて、テーブルに雫を落とした。
それを、ウエイターが、例の通りぷりぷりしながら拭いて。
拭いたと思ったら、ぷいっと去っていってしまった。そして、彼が厨房へ引っ込んで行ったと同時に、中から雄叫びが漏れ聞こえてきた。彼の声だろうか。相当むしゃくしゃしているに違いない。
わたしは、肩をすくめて、やっと一口、ピニャコラーダを飲んだ。
正直、とても薄くなってしまっていて、せっかくの美味しいカクテルが台無しだ。けれど、そんなことはおくびにも出さず、一応、きちんと美味しいふりをして、グラスを置く。
窓の外には、さっきまで、わたしが右往左往していた通りが見えた。
けれど、その通りと店の間に存在する芝生の庭のおかげで、それは、少し遠い別の世界のような気がする。
と、そのとき。突然、店内で拍手が起こった。
どうやら、ピアノを弾いている初老の男性が、お客のリクエストに応えて何やら引き始めたようだった。
「……赤とんぼ……」
思わず、わたしはそう口走った。
そう、その曲は、『赤とんぼ』だったのだ。
一瞬、躊躇。
けれど、話してみたい気もする。
ピニャコラーダの理由も。
わたしは、ほぼ食べ終えたチャーハンのお皿と、空っぽのグラスは置いたまま、彼のおごりらしいピニャコラーダだけ持って、席を移動した。
斜め後ろの席に移動するだけなのに、途中で、足がもつれそうになってしまう。
情けないことに、手が震えている。
椅子に座るときも、大きな音を立ててしまった。
「それ、まだ飲んでなかったんだ」
彼は、グラスを一瞥すると、相変わらず優しく笑いながら、そう言った。
わたしは、ええ、とか中途半端に頷きながら、手を出せないでいる。
彼は、身振りでウエイターを呼び寄せると、ピニャコラーダとバーボンをオーダーした。
ピニャコラーダ、に反応して、思わず顔を上げる。
「もう、氷が溶けてるだろ?」
彼は、当然というように、汗をいっぱいかいたグラスを、ウエイターに下げさせようとした。
わたしは、慌てて、そのグラスを掴むと、
「いえ、これで、これで結構です」
そう言って、テーブルに引き戻す。
その拍子に、中身が少しこぼれて、テーブルに雫を落とした。
それを、ウエイターが、例の通りぷりぷりしながら拭いて。
拭いたと思ったら、ぷいっと去っていってしまった。そして、彼が厨房へ引っ込んで行ったと同時に、中から雄叫びが漏れ聞こえてきた。彼の声だろうか。相当むしゃくしゃしているに違いない。
わたしは、肩をすくめて、やっと一口、ピニャコラーダを飲んだ。
正直、とても薄くなってしまっていて、せっかくの美味しいカクテルが台無しだ。けれど、そんなことはおくびにも出さず、一応、きちんと美味しいふりをして、グラスを置く。
窓の外には、さっきまで、わたしが右往左往していた通りが見えた。
けれど、その通りと店の間に存在する芝生の庭のおかげで、それは、少し遠い別の世界のような気がする。
と、そのとき。突然、店内で拍手が起こった。
どうやら、ピアノを弾いている初老の男性が、お客のリクエストに応えて何やら引き始めたようだった。
「……赤とんぼ……」
思わず、わたしはそう口走った。
そう、その曲は、『赤とんぼ』だったのだ。