愛しい遺書
Ⅰ.夜の海
「なんか今日、ハズレじゃね?」

運転席にあぐらをかき、煙草に火を付けながら、マナカが言った。

マナカは小学校の時からの、あたしの親友だ。小・中一緒で、高校だけあたしは共学に行き、マナカは女子高に行った。それでも暇さえあれば会い、遊び、やんちゃもした。楽しい時は一緒に笑い、悲しい時は一緒に泣き、悩み事があれば一緒にお風呂に浸かりながら語った。22歳になった今も、それは変わらず家族同然に愛しい存在だ。

今日はそんな愛しいマナカと一緒に海に来ていた。正式に言うと、海が見える展望台があるナンパスポットにいた。

常に新しい出逢いを求めているマナカにとって、今日の男たちはパッとせず、つまんなそうにしている。

「まだ11時過ぎたばっかじゃん。これからでしょ」

たいした崩れてもいないメイクを直しながら、あたしは言った。

パッとしない男たちの場合、無駄にテンションを上げずにすむ。気合いが入っているマナカとは違って、あたしは正直ナンパなんてどうでもいい。ただ、明日が休みだっていう前日に、一人で部屋にいるなんて勿体ない。22歳はまだまだ遊びたい年頃なのだ。

「あたしトイレ行ってくる!キキは?」

煙草をもみ消しながらマナカが言った。キキとはあたしの愛称で、名前は祈里子。

「あたしはまだいいや。展望台行ってこよっかな」

「マジで?んじゃあたしも行くからちょっと待ってて!」

そう言うとマナカはそそくさと車を降り、小走りでトイレに向かった。



マナカが戻って来るのを待ちながら煙草に火を付け、ふとある男を思い出した。

明生は今、何をしてるんだろう…。

明生はあたしが今、尋常でないくらいハマっている男だ。出逢いは最悪だった。なのにあたしの心を捕えて放さない。だけど明生は誰かに執着することを面倒臭がる。人を愛するという感情を持っていないのだ。

今日もきっと何処かで、面倒臭がりな明生を理解できる女たちが群がり、そして幸運にも選ばれた勝者が寵愛をうけるのだろう。想像しただけで胸が張り裂けそうになる。


―コンコン!


トイレから戻って来たマナカが窓をノックした。あたしはジャケットのポケットに煙草とライターを入れ、車を降りた。




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