愛しい遺書
あたしはソファーから起きると、寝室のクローゼットからバスタオルを取り、お風呂場に向かった。シャワーを体に当てながら、手のひらで体を撫でると、首筋の異物に気付いた。

明生が付けたご飯粒だ。

マーキングだと明生は言った。そんな事言われると取りづらいじゃん……。

絆創膏でも貼って取っておこうかと本気で考えて、馬鹿馬鹿しくなって爪で剥がした。



――今、隣で髪の毛を編んでもらっているあの子。あの子は明生を気に入ってるようだった。

きっと『仲間入り』するんだろう。

その分また明生と会える時間が削られていく。そう思うと虚しさが込み上げてきた。シャワーなのか、涙なのか、あたしの視界は不鮮明になった。

明生を好きでいると決めたのは、自分の意志。明生に縛られてるわけじゃない。ハッピーエンドを望める男じゃない。なのに会えば会う程、貪欲になっていく自分に嫌気を感じながらも、逆にいじらしくも思えたりする。あたしのドMっぷりは天然記念物級かもしれない。



シャワーから上がって、なかなか火照りが治まらない体に下着だけを付け、先にメイクをした。メイクが終わる頃には鳥肌が立つ程体が乾いていた。あたしは服を選び、着た。

軽く夕食を取り、キッチンを片付けて時計を見ると午後7時。あたしは一服してから部屋を出た。

ドアに鍵をかけ、駐車場を見ると明生のシボレーの隣に本田さんのキャデ、反対隣に見たことのないホンダの軽が停まっていた。

多分、明生の部屋にいる女。

あたしは夜明けに戻って来た時、この車がいなくなっている事を願いながら、店へ向かった。


そして今に至る。


あたしは小さい頃から、バス遠足や修学旅行とかイベントのある前日はワクワクし過ぎて眠れなくて、その時が楽しければ楽しかった程、いつまでもその日の事を思い出しては切なく浸ってしまう癖がある。大人になった今も、それは変わらない。

今日の昼まで明生を自分の体で感じていたのに、もう既にキュンと込み上げてきている。

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