愛しい遺書
そして、そんな久世さん目当てのお姉さんたちが、仕事を終えて入って来た。

「こんばんは〜」

風邪でもひいたのかと思うくらいの鼻にかけた声で、大きく胸元が開いたドレスの裾を惜し気もなく引きずりながら、1号2号3号と入って来る。あたしは「いらっしゃいませ」と言い、後はトラブル防止の為、久世さんに任せてカウンターを挟んで井藤さんとお喋りを続けた。

徐々に賑やかになっていく店内の、客のオーダーも一人でこなしながら井藤さんとのお喋りに盛り上がっていると、あっという間に閉店時間が来た。井藤さんも自分の店へ戻り、あたしはグラスを全てのテーブルから集めると、閉店の準備を始めた。

「ごめんね。キキちゃんに全部やらせちゃって」

久世さんがカウンターを拭きながら言った。

「いえ。あのお姉さん方の相手するのに比べたら、なんてことないですよ。」

あたしはグラスを洗いながら言った。久世さんは笑いながら

「1人だと照れてんのか可愛いとこもあるんだけど、2人、3人って固まってくると段々とオバサン化すんのな」

と、疲れたような表情を浮かべて言った。

「それ洗ったら、あがっていいよ」

「はーい」



濯いだグラスを拭き、棚にしまうと、スタッフルームに行き、荷物を取った。

「お先しま〜す」

あたしは久世さんに挨拶すると、店を出た。

店から家まで、徒歩10分程度。余程天気が荒れてないかぎり、運動の為にも歩いて通っている。その方が仕事中酒が飲めて好都合ってのもあるけど。店を出る頃には空も白んでいるから、怖いと思った事もない。新聞を取ってないあたしは、携帯でニュースを見たり、天気を見たり、番組欄を見たり。そうして歩いていると、あっという間に家に着く。

駐車場に入ると、あたしは条件反射で明生の車を探す。今日はちゃんと停まっている。本田さんのキャデはもちろんいなく、嬉しい事に反対隣のホンダの軽もなかった。

明生の部屋を見ると、電気は付いてなく、寝室のダウンライトがぼんやりと光っていた。

明生が寝ている証拠。

あたしは安心して自分の部屋に入った。

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