愛しい遺書
「わかりました」

「じゃあ、よろしく」

久世さんは裏口から出ていき、あたしはカウンターに入った。

「相変わらずいい声で歌うなあ」

聞き覚えのある声がする方を見ると、井藤さんが梅さんと2人でカウンターの奥の壁に寄りかかり、いつものブランデーの水割りを飲んでいた。

「井藤さん、来てたんですか?」

「来ないワケないじゃ〜ん、今日パーティーだよ?」

「……オーナーらしからぬ御言葉。」

あたしが冗談ぽく言うと、井藤さんは爆笑した。

「アハハ!ちゃんと仕事してるから!そうそう、新しいメニュー入れたから。食べに来てよ」

「ホントに井藤さんが考えたの?」

「言うねぇ〜。マジで!今度おいでよ」

「わかりました。ちゃんと店にいて下さいね」

「はーい。うちのスタッフよりこえーな」

井藤さんは肩をすくめて言った。

客のオーダーをこなしながら井藤さんたちと話していると、あたしたちの会話を割るように

「チェリーブランデーのロックとぉ、水割りくださぁい」

と明生と一緒にいた女が、現金を出して言った。

なんであたしのところに……。

あたしは鬱陶しく感じたが、愛想よく応じた。酒を用意してグラスを2つ差し出すと、女は急に身を乗り出した。

「あなたはいつから〜?」

「何がですか?」

「いつから明生を知ってるのぉ?」

「……1年くらい」

「そう。あたしはもう3年かなぁ」

それがどーした。

「その間に結婚しちゃったぁ。アハハ」

だから何?

「でも旦那、つまんなくてぇ。たまに会ってるんだぁ」

聞きたくねーよ。

「明生、最近付き合い悪いんだけど……あなた知ってる?」

知らねーよ。

「さぁ……数が増えただけじゃないですか?」

「やっぱりぃ?あたしもそうじゃないかなぁと思ったんだよねぇ〜」

……じゃあ聞くなよ。

「ありがとぉ」

女はグラスを手に取ると一度背中を向けたが、また振り返った。

「ずっと一緒にいたいなら、本気になっちゃダメよぉ?じゃあね」

そう言って女は去った。

言われなくても解ってる。

あたしは苛立ちが治まらなくて、持っていたボトルを強く握った。
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