愛しい遺書
「あの女、明生の連れだろ?」

井藤さんは女を顎で指して言った。あたしは黙って頷いた。

「オレさぁ、ここ入る前に修羅場見ちまってよお。あいつ、この前の女の子と歩いてたんだよ。だからオレ声掛けようと思ったら、あの女が現れたんだよ。多分あいつの女グセの悪さ、知らなかったんだろうなぁ。あの女、あの調子で明生に話し掛けたら一緒にいた女の子キレちまってよ。思いっきりビンタよ」

井藤さんはやれやれという顔で話した。

「……しかし驚いたな。キキちゃんもあいつとそういう仲だったんだな」

隣にいた梅さんも「ショック!」と言いながら泣き真似した。

「あたしは家が隣同士だから……それ以外の深い意味はないですよ」

あたしは何食わぬ顔で言った。

「キキちゃん、お前この通りじゃあ評判なんだぜ?男がいてもおかしくねぇようなイイ女に、なんでいねぇのか不思議だったけど、そういう事なんだろ?」

尋問する刑事のような目付きで井藤さんは言った。

「……単なる暇潰しです。イイ人が見付かるまでの繋ぎですよ」

そんな事ホントは思ってない。だけど好きで好きでしょうがないなんて、もっと言えない。あたしは強がってみせた。

「そうした方がいい。本気になるとバカ見るぞ。……じゃあ、あいつか?オレさっき明生と間違えて声掛けちまったけど、マナカちゃんたちと一緒にいるあのドレッドのやつ、あいつが候補か?」

「……まだわかんないです。でもせっかく知り合えたから、ちゃんと向き合ってみようとは思ってます」

すると井藤さんは空になったグラスを差し出して言った。

「頑張れよ?どう転ぶもキキちゃん次第なんだから。できればオレたちはキキちゃんが泣く顔見たくねぇよ?……でもこればっかりはなぁ……」

あたしは何も言わずにただ微笑んだ。





「ただいま」

久世さんがテキーラのボトルを両手に持ち、裏口から入ってきた。

「おかえりなさい」

あたしは井藤さんの酒を作りながら言った。

「キキちゃん、今日は2時で上がっていいよ」

「大丈夫ですか?」

「受付たろーに任せて、フミカに入ってもらうから大丈夫だよ」

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