愛しい遺書
「そーなの?聞いたことない」

「足りない!って言われたり、取りすぎ!って言われたり……いい事ねぇよ」

翔士が笑いながら言うから、あたしもつられて笑った。

「カーテン開けてもいい?」

「いいよ」

あたしが頷くと、翔士は勢いよくカーテンを開けた。あまりの眩しさに、あたしは目が眩んだ。翔士は窓辺に灰皿を置き、煙草に火を付けると、出窓を開いた。外は子供たちの声や犬の鳴き声で賑わいでいた。

「賑やかだね」

あたしは外の様子が見たくなって窓に近寄った。

「今日、日曜だからな」

煙草の煙を大きく吐き出しながら翔士が言った。あたしは翔士が吸っている煙草を一口貰って吸い込むと、翔士の真似をして煙を大きく吐いた。頬杖をついて漠然と外の景色を眺めていると、あたしの眠気を誘うように暖かい風が前髪を擽った。あたしは目を閉じて、風の悪戯を楽しんだ。

「……キレイだな」

翔士は煙草を消しながらボソッと呟いた。

「何?どれ?」

あたしは体を乗り出して外を見た。

「違うっつーの!キキがキレイだって言ったの」

風のせいであちこちに跳ねた前髪をいじりながら翔士が言った。

「髪も化粧もグチャグチャなのに?」

「そんなのカンケーねぇよ」

そう言うと翔士はキスをした。

「今何時……?」

計を見ると午前8時を回ったばかりだった。

「……寝るか?」

あくびをしたあたしを察するように翔士は言った。あたしは頷き、下着だけは付けようと手に取ると、翔士に取り上げられた。

「ずっと見てたいの!」

そう言って翔士は先に横になると、自分の左側をポンポンと叩いた。あたしはすっかり心を許し、翔士の隣に滑り込んだ。

噛み付かないでね……。

あたしは翔士の左肩に棲む龍にお願いして、頭を乗せた。










どれくらい時間が経ったのか、窓の外から子供の泣き声がして目が覚めた。起き上がり窓から覗くと、転んだのか、女の子が膝を擦りながら泣いていた。あたしは煙草に火を付け、その女の子を見ていた。

翔士が気持ちよさそうに寝返りしたが、意気なり慌てたように起きた。

< 80 / 99 >

この作品をシェア

pagetop