愛しい遺書
「でも、それだけ」

「……?」

「1ヶ月過ぎた頃から、教室の日は帰りが遅くなってよ……2ヶ月経った時、教室の生徒何人かで1泊旅行だとか言っておっきい荷物持って出ていったっきり、帰って来ねえ。……講師とできちまったらしいんだ」

「……そーなんだ……」

予想外の展開に、あたしは手を止めた。

「出てった日、オレが学校から帰って来たらテーブルにパーティーかよ?ってくらい豪華な晩飯が並んでて。でも何食っても旨くねぇの。最後に母親らしい事してぇっつう反面、早く男んとこ行きたくて砂糖も塩も間違えるくらい焦ったんだろうな……」

翔士は笑いながら話していたが、あたしは笑えなかった。

「ごめんな?変な話して」

そう言って翔士はまた食べ始めた。あたしは首を横にふった。

「お父さんずっと一人で……?」

「いや、その後正式に離婚して、オレが中学ん時に再婚したんだけど、これがまた親父より15も若ぇキレイな女でさ。でも、健康だ、ダイエットだつって和食しか作んねぇの。ハンバーグとかカレーとか食いてぇ年頃だよ?んで、ある時オレ小遣いでマック買って居間で食ってたら、自分の作るメシを否定されたと思ったんだろうな。その日の夜、オレの晩飯なかった」

「ひど……」

「だろ?だからオレ、実家でこういうの食った事ねぇし、食わねぇようにしてたし。高校行ってバイト始めて、初めて貰った給料何に使ったと思う?」

「何……?」

「休みの日に朝、昼、晩って1日かけて洋食グルメツアー。チャリンコで!今はいい思い出」

翔士は笑いながら言った。

「……新しいお母さんとは上手くいってるの?」

失礼かとは思ったが、どうしても気になった。

「うん。当たらず触らずかな?至ってフツー」

「ホントのお母さんの事は……?」

「……恨んだ時もあったけど、今はどーでもいいな。クソ不味い飯作る女がいたなぁって感じ」

完全に吹っ切ったような顔で翔士は言った。あたしはその顔を見て安心した。

「オレ、もし結婚すんなら料理が上手な女がいい。食うに困らねぇ金はオレが稼ぐから、旨い飯毎日食いてぇ。それがオレのささやかな夢」

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