愛しい遺書
そう言うと翔士はナイフとフォークを置き、手掴みでチーズバーガーを頬張った。口の周りに付いたサルサソースで「ヒリヒリする」と笑いながら、嬉しそうに言った。あたしはそんな翔士を見て、奥さんになる人はプレッシャーだなと思いながらも、翔士のささやかな幸せが叶う事を願った。





食事を済ませると翔士が「何時までいられる?」と言った。時計を見ると午後2時。

「あたしは何時でもいいけど……翔士、明日仕事だよね?」

「オレの事は気にすんな。夜中だろうが早朝だろうが、ちゃんと送ってくから」

「じゃあ……夜ご飯食べてから帰ろっかな」

「オッケー」

本当は帰りたくないという気持ちが少しあった。ちゃんと言えば、自分の家に帰りたくないのではなく、明生と顔を合わせる事に抵抗があるのだ。

あたしは昨日、翔士と2人で明生の前から去った。別に悪い事はしてない。向こうも女と一緒だったし、たとえ昨日あたしが1人だったとしても、あたしの所へ来てくれる確率はゼロだった。

明生との関係を始めてから、一夜限りで遊んだ男は何人かいた。でも全て明生は気付いてない。言う必要はないと思ったし、もちろん明生も探ったりはしなかった。だけど今回は他の男と一緒で、しかも家を空けた。明生には関係ない事でも、あたしには大アリだ。あたしは勝手に都合悪く感じていた。

「どっか行くか?」

翔士に話し掛けられて我に返った。

「出掛けたい気分?」

「いや、出掛けたいっつうか、自慢したい気分」

「何を?」

「オレは今イイ女と一緒なんだ!みたいな?」

「……翔士は美化しすぎ。あたしみたいなの沢山いるよ」

「いねぇって。オレ24年生きてきて、キキみたいな女に会ったの初めてだよ」

翔士はテーブルに肘をついて言った。

「もっと早く出会ってたら、オレら一緒だったかな」

「……どーだろ……」

「……あいつより先に……」

そう言うと翔士はグラスに入った氷をカラカラと回した。あたしは何も言えなかった。でも、もし明生より先に翔士と出会ってたら、多分あたしは迷う事なく翔士に行ったと思う。辛い恋にしがみ付く事は絶対になかった。

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