愛しい遺書
だけど例え出会う順序が逆だったとしても、あたしは明生に惹かれていた。そして、翔士と明生の間をフラつく事で、今より最悪な状況になっていた事は確かだ。暮らす場所や遊ぶ場所、行動範囲を全く明生と接点がないように生きていたなら翔士を一途に想う事ができたかもしれないけど。



あたしは洗面所を借りて昨日のメイクを落とし、リビングに戻るとまたメイクし直した。あたしの顔が変わっていく様を翔士は愉しそうに見ながら、メイク道具をいじっていた。髪も一度解き、無造作な大きいだんごにした。

家を出て翔士の車に乗り込むと、あたしたちは街に向かった。車の中で、翔士は左手でハンドルを握り、右手でずっとあたしの手を握っていた。握られた手を見ると、小指のチップが離れたそうに浮いていた。あ……。あたしがそう思うのと同時に翔士は手を離し、小指の先を包むように握った。

「爪浮いてる」

「……ねぇ」

「ん?」

「翔士って不思議な力でもあるの?」

「なんで?」

「あたし今、小指のチップ取れそうだなって思ったの。そしたら翔士が握ったから」

「ハハ!マジで!?すげーな!!残念だけど何もねぇよ」

「ホントに?」

「言っただろ?あるのは愛の力だって……」

勝手に言わせてくれとでも言うように翔士はあたしの次の言葉を待たずに、オーディオから流れる歌を一緒に口ずさんだ。

愛の力。本当にあるかもしれない。出会ってから1週間、昨日あたしに会うまで翔士は想いを募らせていたと思うと素直に嬉しく感じた。時間なんて関係ない。あたしは明生に一瞬で一目惚れして、その日のうちに抱かれた。それを考えれば、あたしを想うだけで1週間耐えた翔士はすごい。翔士の囁く愛は本物だと思える。



パーキングに車を止め、下りると目的もなくブラブラと歩き始めた。翔士はやっぱりあたしの手を握った。「どこでもついてく」と言った翔士に甘え、あたしはいつも買い物に行くビルに入った。

ショップが並んでるフロアに行き、馴染みの店のドアを開けた。

「いらっしゃい………キキ!!」

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