愛しい遺書
「………会いたいと思う?」

翔士は静かに聞いた。

「……うん。パパのおかげであたしはこの世にいるから」

指先で遊んでいたイチゴをようやく口に入れながら、あたしは言った。

「オレも感謝しねぇとな」

翔士も食べかけのケーキを口に運びながら言った。

「どして?」

「だって、とーちゃんのおかげでオレはキキに巡り会えたんだし。」

唇の端にチョコレートを付けているのも気付かずに、翔士は言った。あたしは無意識にその唇に付いたチョコレートを指ですくい、舐めた。

「ん?」

「あっ。ごめん。チョコ付いてたから……」

そう言うと翔士は「キキにも付いてる」と言って顔を近付け、唇を舐めた。あたしは驚いて翔士を見つめた。

「ウソだよ」

翔士は唇の端を片方だけ上げ悪戯っぽく笑い、あたしをソファーに押し倒した。翔士の仕草に胸がキュンとしたものの、切ない想いは浮かんで来ない。あれほどあたしの頭の中で交差していた明生が、徐々に薄れていくのをぼんやりと感じていた。











翌朝、

帰したくないという翔士をあたしはなだめ、仕事に向かう翔士の車に乗り込んだ。あたしの為に30分早く家を出て、コンビニでサンドイッチとコーヒーを買い、外のベンチで初夏の草のにおいを吸いながら2人で食べた。コンビニから一番近いバス停に車を止めると、翔士は名残惜しそうに何度もあたしにキスをした。あたしはまた会う約束をして車を降りた。翔士の車が見えなくなるまで目で追った後、バス停のベンチに座った。

家に着くと明生の車はなかった。

リビングに入ってあたしは驚いた。週末、特に慌てて出て行った記憶はない。なのにテーブルは蹴り飛ばされたように曲がっていて、角がソファーに食い込み、その上は散乱していた。唖然としながらも倒れていたゴミ箱を起こそうとしてしゃがむと、錠剤が取り出された後の頭痛薬の殻があった。あたしは明生を思い出した。





「ばかキキ」















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