ネットワークライダー『ザイン』
フォォォオオオ……
ペインキラーは軽快に進むが、瀬戸は違和感を禁じ得ない。
「なんだか変な感じなんだよなぁ」
バックミラーをチラチラと窺っていた瀬戸は身体ごと後ろを振り返って、漸くその違和感が何なのか理解した。
「……ああそうか。軌道が全くの直線なんだ」
足跡と同じようにバイクの軌跡も光って残っている。瀬戸は確かにまっすぐ走ってきたつもりだったが、道無き平野をただ漫然と走ってきたのだ、普通なら折れても曲がってもおかしくない筈だ。それが定規で測ったように真一文字に遥か彼方まで続いているのは不自然だ。
キキッ
瀬戸はバイクを停め、さっき床に現れたヘルプ画面を閲覧して知った、バックルに付いているヘルプボタンを押す。すると目の前に白く光った画面が浮かび上がった。
「ナニナニ? 軌道上に限っては斜めや円弧を描いて走る事ができるが、無軌道の平地等ではx軸の平行方向及び鉛直方向にしか移動出来ない……って、直角にしか曲がれないって事か?」
二進法とドットで支配されているネットワーク世界では、曲線という概念が無い。しかし慣性や摩擦等の物理的要素も関わってこない為、直角に曲がる事には何の問題も無い。
「よし、じゃああの右手一時半の方向に有る、塔みたいな物を目指すぞ」
瀬戸はペインキラーのタンク部分をポンポンと叩いて言い聞かす。
フォオオオン!
「よし、今度は向こうの建物だ」
ファアアオオン!
瀬戸は暫くペインキラーを駆って目標物迄走る練習を繰り返した。
「ふう、疲れたな。うん、だいぶ雰囲気は掴めたし……取り敢えず戻るか。じゃあな、ペインキラー」
瀬戸はディスプレイのスタートアイコンをクリックし、ログアウトする。
「ぅゎ、うゎぁぁぁあああっ!」
ログイン時に感じた全身を撹拌される感覚と共に、瀬戸は現実社会に舞い戻った。だが、
「ううむ……これか……これがネット酔いだ。ネットワーク世界に入った時とは比べ物にならねぇ……うえっ、頭いてぇ。ガンガンする……って、うおっ?」
塵ひとつ無い、完璧に清掃の行き届いたパソコンルームに吐き出された彼は、その耐え難い激痛に頭を抱えてうずくまる。しかし手から伝わる感触は、いつものそれとは似ても似つかないものだった。
「畜生、哀神め! 不良品を掴ませやがったのか! 元に戻れてないじゃないか!」
違和感の正体を確認しようとバスルームへ駆け込んだ瀬戸は、余りの事に声も出せずに硬直した。
その壁一面の鏡に写し出されてたいたのは……昆虫のような複眼を持ち、銀色の歯を剥き出しのまま喰いしばり、ごついプロテクターの付いたレーシングスーツをまとったような姿だったのだ。